当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは実家で猫を32匹飼っていたことがあり懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。実名でやっています。*記事と関係がないコメントや質問も大歓迎です。

もんじゃ焼きを食べてきた。―桜美林大学大学院時代の中村ゼミメンバーと―

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いやはや,出かけてきましたよ,築地まで。

築地と言えば,ちょっと前に話題になったような。

例の豊洲は2駅くらい先だったんだなぁ。

築地と豊洲はもっと離れているのかと思っていた。

閑話休題。

桜美林大学大学院時代に所属していた中村ゼミの懇親会(なのかな)に数年ぶりくらいに行ってきた。

中村先生を始め皆さんお元気そうで何よりという感じだろうか。

私は1期生だったので,12期生までいるゼミ生のほとんどが判らない(笑)。

まあ,それはみんな同じ条件ではあるのだが・・・。

月島もんじゃ焼きという商品を見たことがあるのだが,行った先の次の駅は月島であり,そこら辺ももんじゃ焼き屋がパラパラとあったので,あの辺はもんじゃ焼きが売りだったりするのだろうか。

いずれにせよ,久しぶりに食べたもんじゃ焼きはとてもおいしかった。

こんにちは、AEDP JAPAN本部です。
度は12月開催のAEDP JAPANワークショップに
お申し込み頂きまして誠にありがとうざいます

ワークショップ料金入金
確認致しました連絡致します
早急な対応ありがとうざいました。

それではワークショップ当日会場にてお待ちしております
ありがとうざいました。

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これで12月16日(日)のワークショップに行けることが決定したということに。

むひょー。

考えるかどうかは別として,私も一斉講義の方が良いなぁ。

グループでの話し合いは,はっきり言って疲れるだけで,勘弁して欲しいところだ。

私はかつて心理業界にいたことがあるのだが,そこの研修はまあ,グループでの話し合いが多いこと多いこと(アレは裏事情としては「居眠り防止」というのがあるという事情があるのは解るのだが)。

それこそ何か効果あるとかの「エビデンスはあるのか!」と思わず言ってしまいそうになってしまう。

「一人」の保証,良いですね。

最近,高齢者と接する機会がちらほらあるのだが,これまたちらほら聞くのが「人生,最後はプラスマイナスゼロ」という言葉である。

私は「勝ち逃げ」または「負けっぱなし」もあるのではと思うのだが,まだ人生途上のため「プラマイゼロ」は実感できない。

やはり最終的にはそうなるのだろうか。

私はマイナスばかりのような気がするのだが,「プラマイゼロ」理論でいくと何かプラスも「棚ぼた」であったりするのかな。

う〜む。

これは・・・。

お値段もお手頃で行かねばなりますまい・・・。

私は12月16日(日)@大妻女子大学になりそうだなぁ。

さてさてどんな感じになったのでしょうね。

あ,でも私のブログはコメントめったにないからあまり関係ないかも(笑)。

公認心理師がスタートしたことで,臨床心理士はどうなるのかというお話があちこちで話されている。

私個人としては「凋落していくだろう」と予測している(笑)。

が,しかし,そういった実務的な面とは別に「憧れ(尊敬とまでは言わないまでも)」みたいな情景的な面は,現在の時点で「物心ついて」臨床心理士を目指したり憧れたりしている人たちには残ると見ている。

たとえとして適切かどうかは解らないのだが,たとえば大学の「ランク」の変遷みたいなものだ。

高齢者と話すと「自分たちのときは,早稲田,慶応とかはアホでも入れた」という。

まあ,実際に書籍とかから推測すると当時であればアホとまでは言わないまでも,普通の成績で行けていたようだ(上智の渡部先生(故人)は自身の出身である上智は専門学校レベルだったと書いている)。

しかし,現在は,早慶上智といえば,「一流大学」である。

上智が専門学校レベルだったとは私たち世代には想像ができない(さらに世代を遡ると海軍兵学校や陸軍兵学校も当時の人たちにはその「価値」が解るが,私たちの世代には何も想像できないようなものだ)。

臨床心理士もこれと同じようなもので,私たちの世代(あるいは現時点で「物心ついている人たち」)であれば,その「価値」,情景的な側面だけは共有されていくのかなと。

まあ,その代わり,これから生まれてくる人たちには,臨床心理士の「価値」は海軍兵学校や陸軍兵学校のように想像できないことになるのだが(笑)。

この歳まで行きてくるとどうも不幸や不満の要因は「欲張り」なのではないかと感じる。

もちろん,アドラー的には目標追求性があるわけで,常に理想とのギャップがあり,現状は「劣等」となる。

ブッダ的には,感覚を対象にくっつけないようにしてその辺を防衛するらしいのだが(あるいは「諸行は無常」と認知するか),頭でわかっても難しいところだ。

が,知識として持っておけば,もしかしたらいつかは体得できるやもしれないので無駄ではなかろう。

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