当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは実家で猫を32匹飼っていたことがあり,懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。内容はキラキラブログでも応援ブログでも情報ブログでもなく基本的には厭世ブログなので好みは分かれるかと。

知恵でこの世の仕組みを「必然」と見るか「偶然」とみるか。

「必然」と見て,それをポジティブに見るかネガティブに見るか,はたまたニュートラルに見るか。

「偶然」と見て,それをポジティブに見るかネガティブに見るか,はたまたニュートラルに見るか。

私は「偶然」と見て,ネガティブとニュートラルの間の見方をしている感じだろうか。

私の対局は「必然」とみてポジティブに見る人かもなぁ。

まあ,そういう人はおそらく「好調期」なのだろう。


を買ってきた。

薄い本なので,サクッと読んでみようかな。

全体主義は,その出て来る「条件」が気になるところだ。

個人的には|韻砲修僚乎弔寮験茲苦しくなってきたときか,△修僚乎弔亮腓聞柔員が「不幸」なとき,その集団が外から攻撃を受けたとき,のような気もするがどうだろう。

9月はこれが放映されることになるので楽しみだ。

全体主義の起原 3――全体主義 【新版】
ハンナ・アーレント
みすず書房
2017-08-24

日本教育学会第76回大会@桜美林大学へ行ってきた。

カテゴリ:
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というわけで様子見参加をしてきた。

発表形式は,25分発表,5分質疑であった。

3人の発表後,最後にまとめて討議みたいなのが30分あった。

要旨は見開き2ページ構成だったが,各自レジュメやパワポを印刷した資料を配布していた。

私は道徳教育部門に出たのだが,前提が,むちゃくちゃ優秀な児童・生徒,かつ,めちゃくちゃ優秀な教員でないと,実現しないであろう「教育」が語られていたように思ったが,異分野の私の誤読なのだろうか。

とにかく様子見参加にしては楽しい回であった。

あとはツイートを貼っておく。
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というわけで本日は日本教育学会第76回大会へ行ってきます。

別に発表をするわけではないのですが,来年以降「出る」こともあろうかと様子見というわけです。

場所も桜美林大学と私の母校ですしね。

さて,どう研究発表をするのか,何だか楽しみです。

ガンプラ MG 1/100 MS-06S シャア・アズナブル専用 ザクII Ver.2.0 (機動戦士ガンダム)
バンダイ
2007-05-27





「見せてもらおうか,連邦軍モビルスーツの性能とやらを」(シャア・アズナブル談)

貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち (講談社現代新書)
藤田 孝典
講談社
2016-03-16




Amazonをカチカチとみていたらこんな本が。

なるほど,今や,結婚・出産は「ぜいたく」の部類に入りつつあるのかもなぁ。

私なんぞ生物学的には完全に誤差的な存在だからなぁ。

まあ,経済の飽和,つまりは,餌場が飽和して,餌が少なくなってきているのだから,餌を取ってこれない種(=金を稼げない種)は子孫を残せず,そこで終わり(進化の袋小路とも言う)なのは,まあ,妥当なところだろう。

いやはや,生きるって大変でございます。






が明日入荷するとの連絡が入った。

アーレントもまたユダヤ系ドイツ人であり,第2次大戦でアメリカに渡った人である(アドラーとほぼ同時代人だ)。

カントの
判断力批判 上 (岩波文庫 青 625-7)
カント
岩波書店
1964-01-16




に出てくる共同体感覚を

カント政治哲学の講義 (叢書・ウニベルシタス)
ハンナ・アーレント
法政大学出版局
1987-01

で,判断するさいの基準として精緻化している。

アドラーもカントから共同体感覚の着想を得ている可能性があるが,アドラーは「感情」,アーレントは「理性」の方に重点を置いている感じだろうか(ドライカースのより大きな共同体云々の方に近い)。

もしかしたら,アーレント版共同体感覚の解説も出てくるかもである。

が残りの夏休みだ。

なかなか思うようにノルマを進められなかったが,まあ,「にんげんだもの」で良しとしよう。

29〜31日が夏期集中講義の2個めなのだが,30日にレジュメ発表になっているため,それを作っていた。

いやはや,英語の本からレジュメを作ることに比べればめちゃくちゃ楽だ。

これを取れれば,後期は月2コマ,金1コマ(もう1コマは聴講)で大丈夫ということになる。

とにかく残りの夏休みはきちんとノルマをこなしていかないとである。


アドラーフェストは明後日みたいだ。

私は日本教育学会第76回大会@桜美林大学へ行くので行くことができないが,興味がある方は行かれてみてはどうか。

私が理性の自由に達しているかどうかわからないが,個人的には漂白者感(!?)は持っている。

どこどこに所属しているという「所属感」もなければ,わたしはなになにだという「アイデンティティ」もない。

それでなのか,何かを「良いですよ」と確信を持って「語る」こともない(その「良い」の「欠点」も解っているので確信に至らない=この辺「自信なさげ」に映ってしまうことも自覚している)。

斜に構えているわけではなく,実際にそう「感じる」のだから仕方がない。

そういう意味では,やはり漂白者なのかも。

『アドラー心理学講座』(平本あきお)@NATULUCK飯田橋東口駅前店へ行ってきた。

カテゴリ:

なるほどなぁ。

平本先生がフェイスブックでよく書いていたのはこんな感じのだったんだなと。

1は,カウンセラーの意図ということで,9つあることが解説された。

私は課題指向だったかな。

他に態度があることを「知って」いれば状況によって繰り出すことが可能になるかもしれない。

2は,アドラー心理学の思想・理論・技法が解説された。

幸せ=自己受容,他者信頼,貢献感=共同体感覚,として,それを上げるのかカウンセリングとのこと。

まあ,これは良いとして,興味深かったのが,5つの基本前提の1部が少し違っていた。

認知論が「主観主義」となっていた。

言っている意味は同じだと思うのだが,より例の「相手の目で見て,相手の耳で聴いて云々」という感じに近かった。

客観的に人によってものの見方が違うと解説するよりも,こちらの方がカウンセリング向きな感じだろうか。

平本先生がよくやるクライアントにロール交代(って言うのかな)してもらうときの前提なのかも。

3は,ネガティブになっている人を引き上げようとしてうまく行かない場合の解説

何でもかんでもリフレイミングすれば良いという話ではないみたいな。

4は,ネガティブになっている相手を引き上げる4つの共感レベルの解説

,呂泙辰織譽戰襦´⊆け入れレベル H瓦韻燭ぅ譽戰襦´ぅぅたいレベル

 銑△呂いなりリフレームしてはだめで,共感+誇張で

5は,行動・認知・情動レベルとカウンセリングの解説

情動レベルは,激しい思い込みみたいなものみたいだ。

ここは,そういうところまで「行った」ことがない人は「味わいきる」作業ができないみたいな話

6は,行動・認知・情動レベルとコミュニケーションの解説

5と同時に解説されていた感じ

7は,7つの心理的症状の発生要因の解説

0.症状,.瓮螢奪函き気にしすぎ,9せ像,ず乱,ゥ好ル不足,Πき金,Д肇薀Ε

0が現在,0・ぁΝイ現在, Ν◆Νが未来,ΑΝГ過去みたいな感じだろうか。

,らГどこに引っかかりがあるか試していくみたいな。

で,各々のところそれぞれに技法が存在しているようだ。

各番号,それぞれ得意にしている流派があって,それを平本先生が上手く並べて整理した感じだろうか。

8は,7を先生の誘導の元,全員個々人で体験,みたいな展開であった。

7をメインに聞きに来た感じだったが,それと関連して,いろいろなカウンセリング技法の学びがあった。

まあ,本格的なものは,約17万円の例の講座を受けないといけないのだろうが,今の私にそこまでの意欲はないので,意欲が出てきたらぜひ受けてみたいところである。

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である。

さてさて,どんな展開になっているのやら。

例の7つの云々は,平本先生が帰国したときに開講していたアドラー心理学とブリーフセラピーの講座みたいなので出てきていたのだとか(確かにそういう講座があったのは記憶にある)。

う〜ん,当時の私は,平本先生のはコーチングのとNLPのしか受けてなかったからなぁ・・・。

でも,今日のは3000円コースだから良しとしましょう。

演題「アドラー心理学を学ぶ―アドラー心理学が今の日本に問いかけていること」 一般の方々も御参加頂けます。八巻先生にご講演いただいた後、東洋英和女学院大学教員も登壇し、講演内容に基づいてシンポウジウム形式で議論していきます。 

講師:八巻 秀先生(駒澤大学 文学部 心理学科 教授/やまき心理臨床オフィス)

参加費:無 料 

問い合わせ・お申込みは、東洋英和女学院大学大学院人間科学研究科 臨床心理学領域特別ワークショップ事務局

ここより

なるほど,第局堯覆世院砲楼貳霧開って感じなんですね。

アドラー心理学が日本に問いかけていること・・・。

う〜ん,私も考えてみましたが,難しいですね・・・。

直観では共同体感覚に話を落とし込めば良い感じに仕上がるような気がしますが展開は解りません。

The Theory of Moral Sentiments (Penguin Classics)
Adam Smith
Penguin Classics
2010-01-26

を読み進めている。

思い返せば,もともと10行くらいの文章を精読するくらいしかしたことがなかったのに,大学院で14ページとかの章からレジュメを作る作業を何回か行ったので,少し抵抗感が減っていたのだろう。

おかげでかどうかはわからないが,そこまで大量の文に抵抗はなくなってきた。

もちろん意味が解らないところが大半なのだが,抵抗感が低減したのは大きいのではないかと。

さてさてですな。

う〜む,だとすると,色んな私大はこれから淘汰され,有名私大だけが残る形になるのかな。

人口パイが減っているのだから,「比例して」減っていくのは,それはそうなんだろうな。

そもそも「有名」企業が大卒しかとらないから進学しているだけだと見ているのだがどうなんだろう。

企業が高卒でも採るとなったら,より適正化されるのではないか(進学は金と時間の無駄ということで)。

ただいつも思うのだが,助成金(=税金)を私大に投入する理論的根拠は何なんだろう(納税者の立場なら「おいおい,そんな大学に税金使うなよ」なのではないか)。

まあ,いろんな謎があるが,その辺は「大人の事情」でオモテには出せなかったりするのかも。

とりあえず紀要用の論文を郵送で提出した(プリントアウトしたものを3部とデータをCD-Rに焼いたものを1枚出す形式)。

私が学部生だったころも,紀要論文は存在していたのだが,当時は査読はなく,書いた物がそのまま掲載されていた。

何を隠そう私の処女論文(って言うのかな)は,英文科の時に書いた卒論で,指導教員の勧めで紀要に載ったのだ。

そのときは特に査読とかはなく,まさにそのままの文で掲載されている。

が,時代が変わってしまったのか,たぶん,査読付きという冠を付けるためだとは思うのだが,その紀要論文にも査読システムが導入されてしまった。

まあ,形式的なので,リジェクトはなさそうなのだが,確かに査読者からのコメントが入り,例の修正作業が始まるのだ(以前も投稿したことがあるのだが「紀要なんだからそこまでしなくても」とやる気を失い取り下げをしてしまったのだが)。

それを受けていると,なんだかなという感じを持ってしまう。

これだと,ますます,「結果が出なかった」論文はお蔵入りすることになり,その分野に都合の良い結果ばかりが掲載されていくことになるのではないかと。

まあ,これはキレイ事に属するので,実践的には「査読付き」という文言が付くのが重要だということなのだろうとは思っているが,実際はどうなんだろう。

やれやれだ。

追記
強いてあげれば,初めて投稿する人の査読を受ける練習にはなるとは思うのだが。

は確かに存在している。

私は過去ヒューマン・ギルドで2回アドラー心理学ゼミナールの発表を担当したことがあるが,2回とも5〜6人しか来なかった(そのあとの演習でドカドカ来客)。

ブログにしてもそうだ。

私も働きながら勉強をし,働きながら大学院に行って「頑張っている」風のはずなのだが,誰からも応援もされず,注目もされない。

おそらくこの辺は生まれ持ったキャラの差が大きいのではないか。

まあ,不人気キャラの嫉妬になるので,これ以上は書かないが。

自分のresearchmapにGoogleAnalyticsを設置してみた。

リサーチマップ
とまあ,こんな感じで,ちょぼちょぼは閲覧されているようだ。

Google Analyticsは,解析コードを貼り付けなくても,ある程度は解析できるみたいなので,解析コードを貼り付けられないresearchmapにもこの技が使えるんだろうな。

nekohiru
なお,ねことひるねだとこんな感じになる。

まあ,完全に暇つぶしの遊びですな。

なるほど,確かにこの2タイプはありそうだ。

私はどっちかなと考えてみたが,どっちも良いかなと。

私の場合,コミュニティに所属するというより,「おじゃまする」という感じだからかも(^_^;)。

となった。

しかし,今時の紀要は査読があるので厄介だ。

以前,同じ紀要に出したことがあるのだが,あまりの「追求」ぶりに取り下げるという事態になったことがある(痛いところがあるから紀要なわけで,そこを突っ込まれてもどうしようもない)。

その辺,紀要なんだからオマケしてくれよとも思うのだが,これまた「当たり外れ」があるということだろう。

まあ,人間のやることであるから,その辺はやむを得ない。

さて,今回はどうなりますことやら(オマケ希望)。

またもや,ぐり〜んうぉ〜く多摩へお買い物である。

SUBWAYでパン,マリオンクレープでクレープといつものゴールデンコンビを味わうのが楽しみである。

いよいよプレッシャーがかかってきたようだ。

大学院といえば,修士論文(もちろん博士論文)だ。

私は修士課程をこれまで2回体験しているが,修論の時期のプレッシャーといったら半端なかった(1つは中退してしまったが,中退の決断もまた半端ないストレスだった)。

私もどうやら「エンジンがかかってきた」のか,徐々にプレッシャー生活になりそうな気配だ。

おそらくQOLも格段に下がっていくことだろう。

だが,それも,「いつものこと」なのだろう。

論文を量産していた人も,鬱っす,とか,熱っす,とか,やはり,プレッシャーかかりまくりで論文を書いていたので,優秀な人でさえそうだと思えば,実力不足の私は,さらにプレッシャーがかかることになるのはまあ,仕方がないところなのだ。

と頭では解っていても,やはり,プレッシャーはつらいものだ。
締め切り

文部科学省の人の話が面白かったかな。

始めは退屈だろうと思っていたら,何だか面白そうな感じの話し手だったので,眠くならずに聴けた感じだった。

お昼休みに入ったときに,何と山梨臨床心理と武術の研究所の深沢さんも来ていて,お昼休みと帰り道に色々とお話をした(いわゆる「ブログには書けないここだけの話」系もあって楽しかった)。

今年もまた年末にお邪魔しますとお伝えしておいたしだいだ(となると心理臨床オフィス・ルーエの訪問は6年連続になるのかな)。

まあ,何はともあれこれで臨床心理士の更新ポイントが16ポイント(1・2・3領域にわたる)となり,ポイント稼ぎ終了である。

めでたしめでたしと。

となる。

以前行ったことがある大学であり,構内のベンチで横になって寝ていたら警備員に注意されたという「思い出」の場所でもある。

しかし,アレだ。

女子大って響きが何ともアレである。

これまで,昭和女子大学,東京女子大学,日本女子大学,お茶の水女子大学などに行ったことがあるが(侵入したわけではなく,今日のように研修でである),東京女子大学が一番キレイな印象だなぁ。

まあ,それはともかく,今日は臨床心理士更新ポイントで最も取得しにくい第1領域のポイントが取得できる研修なので,頑張って行かねばだ。








をパラパラと読み返している。

以前も書いたがデータなしで書く論文の形式が謎なので「研究」している感じだ。

そういった論文を読んでもイマイチ形が見えてこない。

10月初旬には,とりあえず概略でも書ければと思っているのだが。





はまだ読んでいないが,座談会の前半部分はネットで読むことができた。

岩井先生と平本先生,深沢さんと梶野先生(ヒューマン・ギルド),◯◯先生と◯◯先生(東京アドラー心理学研究会)の対談など,そういう形式のものがちらほら出てきているようだ。

個人的にはそういうのはとても楽しい。

また公式な場でない座談会はさらに楽しい内容になる(笑)。

これからこういう企画が増えていくのかどうか。

楽しみである。

考えてみると,アドラーゆかりの人たちで構成されたオール対談本とかも読んでみたいところだ(あ,売れなさそうだから無理か)。


これは確かに言えるかも。

私は心理学でも量的研究の分野を少し齧った感じなのだが,構成は決まっていた。

が,しかし,それが判るまでは,ある程度,そいうのを読んだり,実際に書いたりしないと,その構成がなかなか見えてこない。

たぶん,そういうのが見えてくるように訓練するのが大学なのだろう。

私はとうとう指導教員にそいうのを指導してもらう機会がなかったので,投稿しながら身につけていった感じだった(もちろん,大学院のときに受けさせられた学部の「心理学基礎実験」で少しは訓練していたのだが)。

ただ大まかな構成は共有できているものの,細かいところは査読者によって異なるようで,それはそれに合わせることが必要になるだろう。

しかし,問題なのは,今いるところは,分類上は哲学系になるので,たぶん,構成があるのだろうが,未だにそれが見えてこないところだ。

データなして,文献だけで書いていく形式なのだが,問題と目的辺りはありそうな気配があるものの,それ以降の展開が,どう書いていけば良いのかまったく検討がつかない状態だ。

まあ,例によって,そういうところが見えるようになる訓練をすることになるのだろうが,まだまだ先は長いようだ。

男と女のアドラー心理学
岩井 俊憲
青春出版社
2017-09-01




がもうすぐ出るようだ。

岩井先生はこの本を10万部売りたいのだとか。

雨後の竹の子状態のアドラー本の中ではちょっと違った風味っぽいので私も買って読んでみようかな。

って,結婚はおろか,彼女もいない私が読んでいったい何になるのかは謎なのだが。

岩井先生ということは,例の残業30分(帰宅後,配偶者の話を30分聴く(そこまでが仕事みたいな))は出てきそうではあるがどうか。

あ,いかんいかん,この分野は私は結果を出していないので,僻み,妬み,嫉み,などのオンパレードになる可能性がたかいため口チャックということで。

オウンドメディアか・・・。

私の場合は,名刺の詳細版がリサーチマップになるかな。

で,日々の想ったことや感じたことを綴るのはこのブログでリサーチマップが静的ならブログは動的だ。

ツイッターはどうだろう。

これはブログよりもリアルタイム性が上がる感じだろうか。

お出かけ中の暇つぶし的存在でもあるのがツイッターだろう。

インスタグラムはどうだろう,ツイッターの画像版みたいなものか。

とにかくいろいろなオウンドメディア(なのか!?)を使っているが,何か繋がったりしたのだろうか。

う〜ん,特にオウンドメディアをやっているからといって何か繋がりができたわけでもないような。

あ,それは私に「芸」がないからか。

あ,そういえば,フェイスブックを忘れていた。

あれは完全に「ROMる」用になっているような。

まあ,オウンドメディアも50歳までは続けようと思っているので(あくまでもそこまで生きていることが前提であるが),今後の展開やいかにである。

のか首が痛い。

とりあえず今日は歯の定期検診の申込をしなくてはというところだろうか。

あとはひたすら日々のノルマをこなしていくだけである。

まあ,この地道な作業がS1S2期にはできなかったので,ありがたい話である。

The Theory of Moral Sentiments (Penguin Classics)
Adam Smith
Penguin Classics
2010-01-26

を翻訳書4冊を駆使して読み進めている。

いやはや,やはり英語は難しい。

みなさん「忙しい」最中によくこんなややこしいのを訳せたなと。

まあ,苦労して読み進めれば英語の「お勉強」にもなるのかもであるが。

それにしても疲れる(^_^;)。

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