当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは実家で猫を32匹飼っていたことがあり,懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。内容はキラキラブログでも応援ブログでも情報ブログでもなく基本的には厭世ブログなので好みは分かれるかと。

履修登録完了

touroku
よく見ると9時からだったようで。

とりあえず今日の重要事項はこれで終わりのような。

ん!?よく見ると,私の正式な所属名称が書いてあるような。

〜専攻 〜専修 〜修士課程

ってのが正式なんですかね。

今までそれ付けていなかったような。

う〜ん,よくわからない(笑)。

をときどきフェイスブックやインスタグラムでアップしている(完全にあったことある人限定となっている)。

別にもったいつけているわけではなく,気分に依るものだ。

公開記事と異なり,何だかお得なものを配信している感があり,けっこう楽しかったりする。

この辺りも,老化なのかなぁ。

開放する方向(不特定多数への自己顕示)ではなく,閉じる方向(特定少数への報告)みたいな。

そうやってだんだん縮小していくのかもなぁ。

となった本日であるが,となると,予定外の時間の捻出となる論文の修正をする日に充てることにした。

使える時間は「午前の部」と「午後の部」である(本来は大学院へ行って帰ってくる時間帯だ)。

「夜の部」は通常ノルマに充てるので,そこまで使うわけにはいかないところだ。

しかし,今日で終わらなかったら,どこで時間を捻出しましょうね・・・。

まあ,その辺は工夫する必要がありますね。

が出ているようだ。

我々「正」(臨床心理士有資格者)は,神奈川県臨床心理士会に登録し,その登録した名簿が神奈川県教育委員会に上がり,そして選考がある形式だ。

まあ,私は継続なので,3年に1回,面接を受ければ良い感じで「更新」が続いている。

かれこれ11年目だ。

まったくなるつもりはなかったSCがこんなに続くとは当初は考えていなかったなぁ。

おそらく最初の勤務校の「くじ運」が良かったのではないかと。

そう思うと,ありがたい話だ。

カテゴリ:
は何と言ってもM1(筑波大学時)のときに行った会場が早稲田大学だったときのものだ。

私は別に参加する気はなかったのだが,研究室の懇親会係になったので行く必要が出てきてしまい,その関係でついでに行ってみた感じであった。

それ以前は,心理臨床学会の事例発表しか見たことがなかったので,実験や調査の発表を見るのは初めてだったのもあり参考になるかもしれず多少は楽しみにしていた。

特に聞きたいものもなかった私はテキトーにその辺にある部屋に入ってみた。

4人くらいが発表する部屋だっただろうか。

始めは確かに調査系の人の発表があり,「なるほど,こんな感じで進行するんだな」と思いながら聴いていた。

で,最後の発表者になるのだが,何とその人はWord(をプロジェクターに映し出す)で発表をし,しかも事例(というかエッセイというか)を発表しだした。

私は「???」となっていたが,他の発表者や参加者も「???」となっていた感じになり,その人の質疑はシーンとなっていて,質問ゼロであった。

「こ,こんなのでも発表できるのか」「だとしたら,度胸があれば(鈍感であれば)なんでもいいんだな」と思った,というのが,実はその大会に出た最大の意義であったように思う。

いやはや,度胸(鈍感さ!?)は大事ですな。

いやはや,一昨日くらいからだろうか。

何だか寒くなってきた。

勤務時に利用する帰りのバスはほぼ定時なのだが空が「夜」になっている。

冬になりつつあるんでしょうな。

帰りのバスの景色が「夜」になってきたり,少しヒンヤリする季節は何だかしんみりとして良い。

今年も100日を切っているみたいだが,今年の最大の目標はおそらく「単位を取ること」なので,それはせめて達成したいところである(うまく行けば,来年度は修論の発表会に3回行けば良いだけとなる)。

を午後はやってみた。

あとは,ちまちまと時間をみて修正して行けば良いだろう。

問題は,修論(博論)で「つながり」の悪いところをどう「もっていく」かだ。

まあ,ここも最終的には査読者がどう思うかになるところだとは思うが,とりあえずはうまくつなげないとである。


たまには修論に関係しない本でも読んでみるかと買ったのがこれ。

週末の連休で読んでみようと思っていたが,投稿論文の修正に充てることになり,どうやらお流れになる気配である。

まあ,この手の本は直ぐ読み終えられるので,たぶん「行ける」とは踏んでいるが。

これはほんとうにそうだなと。

そもそもあまりに違っていると,会場にその人がいても(講師としてきていても)本人と判らないという事態に陥る。

ツイッターにも書いたが,どうもプロに撮ってもらった写真にその傾向が強いのではないか。

しかし,よく考えてみると,芸能人はあまり違いがないように感じるということは,その辺のギャップを埋める何かがあるんだろうな。

それが「フルパワー」状態にプロは常にあり,素人だと常にプロフィール写真と同じパワーを維持するのは困難ってことなのかな。

まあ,イケメンではない私がいくら考察しても答えは出そうにないかな(笑)。

「第2稿審査結果のお知らせ」がくるなど。

第1稿と比較して、いずれの査読者も改稿による論文内容の改善を認めています。ただ、査読者Bは未だ多くの問題を指摘したコメントを出しており、査読者Aについては、統計的な結果の読み取りへの表現の指摘を述べており、尺度作成を目的とする本稿においては、根幹に関わるものと考えますが、コメントはいずれも妥当なものと判断されます。ただ、著者としてご意見があればその旨を記していただくことは構いません。各コメントに基づいて内容を再検討され、加筆・修正をお願い申し上げます。
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まあ,私は3回くらいは修正するものだろうと思っているので,2稿めはこんなもんだろうという感じである。

ちょうど連休にもなるので,週末に改稿して出してしまうとしよう。

こちらよりも11月中旬に発表予定の修論の構想の方が大変なので(笑)。

最期をどうするか。

ほとんどすることがなくなってしまった私が「よく」考えるところだ。

地元(熊本)で教員をやること,がそもそもの基本路線だったということは,この線に何かヒントがあるはずなのだ。

今後数年でイメージが明確になってくれば良いのだが。

まあ,その前に何らかの要因で死んでしまうかもしれず,運良く生き残っていればの「その後」なのだが。

日本心理臨床学会第36回大会プログラムが(昨日)届いた。

といっても,事前にWebでは公開されていたので,どれに出るかなどは決定済という感じになっている。
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は決定として,どうせ行くならと,午前中にある何かにも出ようと思っているのだが,さてどれにしようかなというところである。

再来年は発表もしようと思っているのだが(来年は遠方なので貧乏中の身としてはスルーせざるをえなkった),この学会って締め切りとかいつだったっけ。

ダイエットに入ることに。

いやはや,やはり痩せることはできても,それを維持するのは実に難しい。

とにかく72キロをオーバーしたらダイエットをすると決めているので,自動的に開始となる。

が,しかし,今日は年に4回しかない総合演習(第二回)で大学に行くため,その帰りに桂花ラーメンは食べてこようかと。

例の「明日からにしよう」の類ですね(笑)。

がやはり博士論文以前に存在していたようだ。

私はこの分野は査読付き論文0本なので,1から書いていく必要がある。

ただデータが要らないので,一番苦手(かつ滞りの大部分を占める)な「調査のお頼み行脚」をしなくて良いのはありがたい。

がしかし,裏を返せば,データの結果を示すことで論理不備を補強するというワザが使えなくなり,そちらは苦戦することになる。

ただ,心理学では博士号取得の機会自体を損失してしまったが,今回はそういう機会があるだけでもありがたいと思って進めていく所存ではある。

追記
ちなみに私は投稿前に指導教員にみてもらって投稿云々ということをやったことがないので,それができるかもしれず,ちょっと嬉しい。

岩井先生のブログ

(1)出版についての夢を持ち、語ること

(2)本を書くためのコンテンツ(内容)と資質を持っていること

(3)出版にあたっての伝手(つて)を得ること

が出版のコツ(!?)みたいな感じで取り上げられていた。

私は出版についての「夢」は特に持っていなかったのだが,たまたま(3)で分担執筆には加えていただけた感じになっている(お声をかけていただいた方々,ほんとうにありがとうございました)。

出版,どうなんでしょう。

専門分野を超えて「有名」になるには,論文を書いているだけではダメでどうしても本を出す必要がありそうだ。

しかも単著の方が覚えてもらいやすくなるだろう。

まあ,私は単著を出せるほどの実力も運もなさそうなので,それはなさそうだが,仮に出せたとしても芸風が,


系になると予想され,あまり売れなさそうだ(笑)。

あと単著を書いてしまうと,刻一刻とAmazonの「順位」にとらわれ一喜一憂てしまい日々のQOLに影響がありそうではある(「やつの本(昨日の順位)より下か(上か)」など)。

まあ,この辺は,「結果」を出していない分野なので,何を書いても妬みになるのであまり書かない方が良いと思うのでこの辺で(笑)。

あ,でも私はともかく(!?),私の周囲には本を出したい人がチラホラいて,その人たちの「忸怩たる思い」と,本を出して嬉しそうにしている記事を比べると,人生の皮肉を感じてしまう(私は「棚ぼた」タイプだったのもある)。

出版云々もまた,くじ運ですな(あ,これも妬みになるな)。


『精神医学特論』で出てきたのだが,これがよく参考にされる本なのだとか。

著者はあのローナ ウィングである。

知らなかったなぁ。

ということでさっそく発注。

英語文献(ゼミ)が2コマに

なってしまった・・・。

どうしましょうね・・・。

ただ夏休みに原書を250ページ近く読んだので,「量」への抵抗はだいぶなくなったとは思うのだが,肝心の「読解力」が上がったのかどうかは謎なので・・・。

さてさてですね。


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まあ,これは昨日のことなのだが。

東京都公立学校スクールカウンセラーは私は2007年に採用されて以来,今年の3月まで丸10年やってきたのだが,4月から大学院へ行く関係で単位を揃えるべく,4月から「降りていた」しだいだ。

継続の場合は,面接はないのだが,こうやっていったん「降りて」しまうと「新規」と同じく面接も受けることになる(ようだ)。

2006年に受けたときは,会場は都庁だったのだが,今回は違うところであるようだ。

さてさて採用してもらえますかどうか。

発表は1月20日とのことだ。

10月1日ということで2017年度の「後期」(10月〜3月)へ入った。

これまでは後期といえば,10月にデータを採ったり,その後,論文化して投稿したりしていた期間である(ちなみに「前期」は大学院受験用のお勉強期であった)。

といっても,日々やっていたわけではなく,何となくまったり過ごしていた時期だったような気がする。

季節も秋風五丈原的な感じなので,そうなるのかも知れないのだが。

しかし,今期の「後期」は何をしましょうね。

調査票はあるので,データを採っても良いのだが,お頼み行脚や印刷等をする気力がイマイチ湧いてこない。

まあ,修論(博論)準備のノルマを淡々とこなすことにはなりそうなのだが。

カテゴリ:
この辺,さすが「仏陀」というところだろう。

ネガティブ感情は「苦しい,何とか元に戻らないか」と対処をしようとするが,どうもその反対のポジティブ感情に対しては「う〜ん,幸せ♡」と対処はしないというのが,人一般なのではないか。

ただ鍛錬人は,どこかでこのポジティブ感情の甘さを感じ取るのか,ポジティブ感情さえも元に戻そうとしているようだ。

足元が疎かになるからなのか,ポジティブ感に包まれている事態を未熟と捉えるのかはわからないが。

カテゴリ:
があるらしいことが何だかいろいろな研究で解ってきている風である。

例えば,結婚して「幸せ」になっても5年後には,その人本来の「幸せ」ポイントに戻り,逆に離婚して「不幸」になっても,同じく5年後には,その人本来の「幸せ」ポイントに戻るらしい(あくまでデータ上のことなので,幸せ・不幸のままという人もいるのかもしれないが)。

結婚でさえそうなら,あとの「イベント」はもっと「戻る」のが早いのではないか。

そもそもがセロトニン・トランスポーターの長さが生まれながらに決っているというのが要因ではないかと疑われているが,だいたいそうなのではないか。

まあ,この辺,まさに生まれながらのくじ運になってくるところなのだろうけど,まあ,皮肉なものだ。

カテゴリ:

足りないものは何もないという満ち足りた人なんていませんので
誰もが誰かに嫉妬心を抱いて生きているんですよ

上記リンク先より

嫉妬・・・。

なかなか難しい感情だ。

ラ・ロシュフコーは,嫉妬は「過去にそうしていた」と告白することはできるが,「現在している」嫉妬は表立っては言えないものだとしている。

ただ思うに,嫉妬も感じはするものの,実質,実際に感じるのは,3秒くらいなのではないか。

あとは例によって,いつもの日常が続くだけである。

なので,確かに存在はするものの,日常に影響はしないのではないかと踏んでいる。

まあ,めちゃくちゃ強い嫉妬だとその辺どうなのかわからないが。

しかし,あれだ,嫉妬している状態を脱しても,その状態にもいずれは慣れて,「当たり前」となり,結局,「空」と悟るだけなのは,いつものパターンではあるのだろうな。

これは普段はまり受けないが,大学で授業を行うと授業評価アンケートで「批判・非難」は受ける。

確かに受けるときは痛いはムカつくわで大変なのだが,冷静になると参考になる「意見」があったりもする。

意見か非難かは,まあ,難しいところなのだが,無視するのではなく参考にすれば「改良」は可能になる。

あ,考えてみると,論文の査読もそうなのではないか。

査読者からの「意見」はムカつきっぱなしだが,それを取り入れながら修正していくと,始めよりは良い仕上がりになる。

まあ,批判も非難も慣れれば,ムカつき傷つきは完全には抑えることはできないかもしれないが,そこからの回復に要する時間は短縮できるのではないかと授業評価アンケートで「鍛えた」私は思ったりもする。

とりあえず1回回る

というわけで,スクールカウンセラー&大学院生のサイクルが再開されて今日1回回った。

春学期よりも慣れたのと,コマ数が少ない(半分未満)になったので,レポート等もほぼなくなり「気がかり」が減ったのは(・∀・)イイ!!ことではある。

が,しかし,修論等は迫るわけで,今度はそちらに(というかそれが大学院のメインなのだが)力を注がねばならない。

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なんでも募集期間なのだとか。

今にして思えば,皆さんよく働きながらとかでも卒業まで漕ぎ着けていたよなぁ(私も1年間だけだが教育コーチとして関わったことがある)。

卒論もさることながら,各授業のレポートとかも大変だったのではないか。

頭が下がりますm(__)m。

同じような仕事や生活をしているつもりであるが,やはり「帰宅」後の気力は以前ほどは残っていない。

意識的には全然変わっていないはずなのだが,それは例によって「アイデンティ」のなせるワザなのだろう。

身体の方には身体自身に向かう「アイデンティ」はないわけで,そこはどうしようもないところだろう。

まあ,年相応に体力の衰えを工夫しながら生きていくしかないのだろうな。

カテゴリ:
最近,自身が年を取ってしまったからなのか,肉とかをみると「ああ,死んでるなぁ」とときどき想ってしまうことが多くなった。

もちろん,野菜もまた「ああ,死んでるなぁ」ではあるのだが,肉ほどのリアリティはない。

SNS等で出てくる楽しそうに繰り広げられる食事シーンも写っている食べ物の画像をみて「ああ,いろんな(殺されるという)悲劇が・・・」とか想ってしまう。

まあ,常に思うわけではないので,それで食べられなくなるという風ではないのだが。

心理相談センター公開講演会を2017年11月3日(金・祝)に開催いたします。

「はじめてのマインドフルネス」

講師:熊野宏昭先生(早稲田大学人間科学学術院教授)

日時:2017年11月3日(金・祝)13時00分 から 15時00分
会場:28号館205教室
定員:100名
参加費:無料
 マインドフルネスとは、「自分を客観的に観察する方法」「今、この瞬間の現実に心を向ける方法」です。私たちは普段、過去のことを悔やんだり、未来のことを心配したりして、すぐに「心ここにあらず」の状態になってしまいます。そこから一歩外に出て、「今の現実」を感じられるようになれば、気持ちがスッと楽になります。さらに、この状態をいつも作り出すことができるようになれば、心が安定してきます。マインドフルネスを身に着けるにはいろいろな方法がありますが、本講演では体験的なエクササイズも含めて解説していきます。

 みなさまのご参加をお待ちしております。参加を希望される方は、下部【関連リンク】内の「2017年度心理相談センター 公開講演会 聴講申込フォーム」よりお申込みください。

ここより

日野市かつ無料ということで,さっそく申し込んでみた。

しかし,マインドフルネスって,本は買っても,まったく読んでいないので,文字通り「はじめての」な私であった。

さすがに7年目ということで,そろそろそういう時期かなと。

前のパソコンが6年目に買い替えたので(58000円),私自身としては最長である。

これと言って不具合もないのだが,突然壊れる時期にもなっているかもという予測である。

ただ,私の場合,突然壊れるという状態になったことがないので,いったいどこまで行けるのか体感的によくわかっていない。

このパソコンは2011年の5月に買った記憶がある。

旧型の年数も経っていたので,新しいパソコンで修士論文を書こうという気分になっていたのだ。

まあ,それは叶わなかったのだが,何とかこれで修士論文を書いてみたいという想いも若干あり,まだ迷いはある状態だったりもする。

さてさてですね。

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