当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは実家で猫を32匹飼っていたことがあり,懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。内容はキラキラブログでも応援ブログでも情報ブログでもなく基本的には厭世ブログなので好みは分かれるかと。*記事と関係のないコメントや質問もO.K.です。

これでだいぶスッキリしたなぁ。

とりあえず修論の核が決まったので,おそらく完全に使わないであろう本は処分するのが適当と判断した結果である。

おかげで資料などが取り出しやすくなった。

となる。

あくまでも順調に行けばであるが。

しかし,長かった・・・。

専攻変更でいつのまにか5年も経過していたではないか・・・。

まあ,機会ゼロとなった状態よりは可能性があるだけでも良いとするか。

したは良いが何という貧乏ぶり(笑)。

まあ,大学院の単位を揃えるために仕事を減らしたので「自業自得」ではある。

来年度は若干,復活させるが,それでも全盛期(ってあったのか!?)には遥かに及ばない。

ただ還付金があったので,何やら買おうかなとも思ったが,特に欲しいものもなく,ときどき事案で発生する高額書籍(!?)の購入用にとっておこうかなと。

それにしても今年度は金銭的な面ではかなりの厳しさであった(T_T)。

Cambridge English Pronouncing Dictionary with CD-ROM. 18th ed.
Daniel Jones
Cambridge University Press
2011-10-06





皆さんは,外国人の名前をカタカナ表記にするときにどう書けば良いのか迷ったことはないだろうか。

実はこの辞書にかなりの確率で人名の実際の発音が記載されている上に,付属のCD-ROMで実際の発音がイギリス発音,アメリカ発音で聴けたりもする。

日本臨床・教育アドラー心理学研究会 第8回大会@文教大学へ行ってきた。

カテゴリ:
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というわけで,これへと行ってきた。

午前中はいつものようにレジェンドクラスの先生の登場ということで岡野守也先生であった。

早くからアドラー心理学の有用性に気づき,あの高尾先生にアドラー本の翻訳を勧めたのが岡野先生だったようだ。

高尾先生の本には共同体感覚を「協同感情」(だったかな)としようとしたが日本アドラー心理学会の訳が「共同体感覚」なので,そちらに合わせたという話も出てくるので,本当に初期のお話なのだろう。

お話としては,アドラーは良いのだが,まずもって近頃のアドラー心理学は「人類全体」が意識されていないし,またニヒリズムに対抗することができないから限界がある。

なので,宇宙まで意識を広げたコスモロジー心理学を提唱しているということであった。

なるほど,確かにアドラーが生きていたら,その路線になっていた可能性もあり,物語の架空続編みたいな感じでとても興味深かった。

コスモロジー勇気づけみたいな言葉も紹介されて,確かに入る人には入るだろうなと。

間にはいつものようにランチセッションもあり,『ブログに書けないここだけの話』も出てきて楽しかった。

で,午後になるが,午後は,久保田将大先生のお話で,課題の分離に対する質的研究であった(GTAかな)。

アドレリアンにインタビューして課題の分離をどういう風につかっているかのプロセスモデルを探索するみたいな研究だったように思うが,確かに課題の分離が分離で終わるか共同の課題までセットで提示するかの2タイプがあり,それを明らかにできたのは大きいのではないか。

まだまだ続編にも入れそうな研究のようにも思えた。

最後は鈴木義也先生によるエンカレッジシートの紹介であった。

クラスの問題を,.ラスに+,▲ラスに−,L榲はなんだろね,ぬ簑蠅魑こした人への勇気づけの言葉,コ惶蕕粒Г悗陵Φい鼎韻慮斥奸い砲靴道童,生徒に書いてもらい,それぞれの言葉をまとめたものをそのままプリントアウトして掲示するという感じのものであった。

ポイントは,掲示されたものについて先生はコメントしないというもので,鈴木先生の話では,これによって,中間層(傍観者)の意見をすくい上げられるのが効くのではないかということであった。

これもなるほどなと。

しかも,これまで聞いたことがないワークなので,とても興味深かった。

クラス会議が「動」だとすれば,エンカレッジシートは「静」の介入なのではないか。

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4月に本も出るようなので,買って読んでみたい。

なお,以前紹介した
の伊藤さんもいらしていたので,
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セルフマガジン(!?)がいただけ,サインもしていただいたしだいだ。

ご著書は私の周囲でも好評なので,サインをいただけたのは良かった。

なお,

最近,↑ も出されたようだ(個人的にはこちらの方が伊藤さん「らしい」本のように感じる)。

とにかく,毎回は行けていないものの,行けるときには行く研究会なので,また機会があれば足を運びたいところだ。

1.日 時
 201834日(日) 10001600

2.場 所
 文教大学越谷キャンパス 12号館1階 12101教室
 (東武スカイツリーライン北越谷駅 西口下車徒歩12分)

3.参加費
 ・予約参加:4,000
  (2/25(日)までにこくちーずまたはFAXで申込んだ場合)
 ・当日参加:5,000
  (2/26(月)以降の申込および当日参加)
 いずれも当日会場での現金払い。口座振込はありません。

4.内 容
 ・講演(10001200
  「共同体感覚と宇宙意識」
    サングラハ教育心理研究所主幹 岡野守也

 ・ランチセッション(12101330
  (昼食を取りながらの懇親会。昼食代は参加費に含まれます。) 
 
 ・研究発表(13401440
  「『課題の分離』の臨床適用についての質的研究〜カウンセリングで活かすために」
    東京都石神井学園心理療法担当 久保田将大
 
 ・実践発表(14501550
  「学級の問題解決に用いるエンカレッジシート」
    東洋学園大学教授 鈴木義也

5.参加資格
  教育あるいは対人援助に携わる専門職の方、もしくはその分野の学生。

6.申込方法
 下記HPからお申込みください。FAXでの申込みも受け付けます。
 http://kokucheese.com/event/index/500768/
 申込専用FAX 03-5256-0538

 当日参加も可能です。


なるほど,今回も大枠ではアニメと同じだが,ところどころに変更があったようだ。

1.ザマス&ロゼが時間切れで分離し,それぞれがザマス&ロゼになりそして,ベジータの攻撃で更に数が増えて収拾がつかない状態に。

2.力の大会以前の閲覧試合が,第7宇宙と第9宇宙のではなく,破壊神の「バトルロイヤル」に。

3.トッポが破壊神候補というのは,この時点で判明する。

4.破壊神の「バトルロイヤル」でビルス様が身勝手の極意を若干身につけていることも判明。

といったところだろうか。

なにはともあれ楽しい展開で一気に読み終えた。

なるものが出てくるようだ。

私はこれを現任者講習会で兼ねたわけだが,まだ受けていないので,対策の案を未だ決定できないでいる(テキストは少しずつ読み進めてはいる)。

ただ公認心理師現任者講習会テキストを読んでいると,これを読み込むことが対策になるのではとは思うが,対策講座はどういったところを「攻めて」くるのだろうか。

興味があるところではある。

「社会思想の歴史―利己心から共感へ」第2回「共感論の多様な展開―批判と擁護の交錯」(坂本達哉)@朝日カルチャーセンター新宿教室

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今回は,共感論への反論,そして共感論の再興という感じだっただろうか。

やはり理性が大事という立場からの反論を受け,でもやっぱりという流れだ。

まあ,アドラー的には,理性も感情も目的に向かって協同するので,別にどうでも良いじゃないかというところなのだろうが(それは言いすぎか),いやはやいろんな議論があるものだなぁ・・・。

次回は現代に戻ってくるようで,そこからの議論も楽しみだ。

私は昔は理性なのではと思っていたが,最近はどうも感情なのではないかと年を取ったからなのか,若干の「転向」があったような気がする。

本日もお出かけ日となっており,朝日カルチャーセンター新宿教室へと足を運びます。

今日は「共感」論の第二回目という感じでしょうか。

どんな内容なのか楽しみだ。

である。

私の中では「前期」のスタートのような感覚だ。

まあ,4月が本来なのだろうけど,その前哨戦みたいな。

それにしても1年が早い・・・。

しかし,同時に卒業や異動などでしんみりもする月でもあり・・・。

いやはやである。

第2回目の修論指導が終わる。

いや,やはり書き慣れた人に見てもらうと,いろいろと勉強になる。

たぶん,書き慣れた人ならいろんなものが「一目瞭然」なのだろう。

それを踏まえた読むべき文献も紹介していただき感謝である。

あれやこれややって少しずつ輪郭が現れてくる感じは書き慣れた分野では味わえなかっただろう。

まだまだ先は長いが地道に進めていこうかと。

そうそう,今日が今年度最後の登校(っていうのかな)になりそうだったので,何か撮るものはないかと探していたところ,
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合格者番号を掲示する掲示板を掲げる(であろう)骨組みが準備されていた。

なるほど,正門から例の講堂を直線で繋ぐ道で掲示されていたようだ。

まあ,私では一生浪人しても受からないであろう難易度であろうから感服である(笑)。

この通りにはよくみると
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東京帝國大學の文字があるマンホールが。

時代ですな。

とこんな風なのを撮っていたら,また3月中に第3回めの修論指導の日にちが決まり,「今年度最後」とはならなかったのだが(笑)。

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オリンピックが終わりメダルを取った選手は嬉しそうでもありそれを見た人もまた嬉しそうであった。

がしかし,私の場合は,「勝ち組」の方はさることながら「負け組」の方も気になってしまう。

金メダルを取った人は嬉しいだろうが

1.金メダルを取れなかった人

2.金メダルを取った人の知り合いで人生がうまくいっていない人


などはどうだろうか。

「くやしいいい!!!」と嫉妬しているのではないか。

ある一つの「幸せ」が,一方で別の一つの「不幸せ」を作り出すという皮肉。

何ともはや人生である。

今日,初めてくら寿司に行ってみた。

いつも行くところはスシローなのだが,ふとテレビを見たときに外国人に人気とか言われていたので,いつか行ってみなければとは思っていたのが実現したわけだ。

スシローとの違いは,くら寿司は

1.回ってくるお皿が透明な蓋が被せてあり,中身が「囲まれた」感じになって見える状態で回ってくるところ

2.発注時のタッチパネルが外せない&ちょっと高い位置にある

3.発注した寿司は回転レーンと異なり,2階レーン(!?)で直接送られてくる


ところだろうか。

あと,ノーマルいなり寿司があったのも違いである(笑)。

お味は,特に違いはないように思えるが,個人的にはやはり慣れたスシローの方が良いかなと。

追記
透明な入れ物に囲まれているのは,衛生面を考慮してのことなのだろう。

たまに,人が喋っている側を回るとツバが着くから不潔という人もいるので(私は気にならないのだが)。

これは確かにそうかもなぁ。

まあ,フェイスブックは実名で,実名にできるということは,ある程度「ドヤ!」できる人生になっているということでもあろうから,そういう面が全面に出てくることだろう。

そもそも不遇な者たちはフェイスブックにはデビューしづらいだろうし,「ドヤ!」状態も場合によっては不遇に転ずる場合もあるわけで,そうなると更新が滞ることだろう。

私はフェイスブックは半年に一回くらいの更新で,インスタグラムは一ヶ月に一回くらいの更新だろうか。

ツイッターはバリバリ更新(!?)しているので,私も「だめ人間」ということだ(笑)。

となっている。

11月の半ばに1回目があって以来なので3ヶ月ぶりくらいだろうか(なお,現在は「春休み」である)。

一対一で行われるので,個人的にはとても充実した時間となる。

筑波にいたときは,私があまりに研究が進まない(&できない)ので,特別に博士課程の院生が付けられ,一対一の「指導」が行われることになったのだが,けっきょく,そこが最も力が付いた時間になったように思う。

ただ昔から「指導」で思っていたのは,「ではいったい,本人が書いたと言えるのはどこからなのか」問題である。

以前「いや〜,先生が言ったとおりに書いていけばどんどん書けるんすよ」と言っていた院生がいたが,そういう場合は,「書いた」と言えるのかどうかというところだ。

まあ,今の私は,「まあ,それもまたアリなのでは」とは思うのだが,究極的には論文を書いているシーンは誰も見たことがないだけに本人が書いたのかどうかは闇の中という面もあるだろう。

えっ!?お前はどうなのか?ですって!?

う〜ん,自分で書いていますが,それを証明する手段がありません(笑)。

のようだということを実感したのは,だいぶ歳をくってからだ。

始めは「なるほど,都合の悪いことは言わない勇気も必要なのだな」とか思っていたが,実態はそうではなく,そもそも都合の悪いことは失念しているというのが実情のようだ。

ということは「正直」を旨とする真当な人は,相手も「正直」を旨としていると思ってしまう可能性があり,微妙に「読めない」ことが出てきてしまうことになる。

よく「話半分」と言われるが,着地点はその辺りと思っているとちょうど良いのかもしれない。

ということは4月ももうすぐなんでしょうねぇ・・・。

3月はいろんなものが終わっていく月でもあり,何かが始まりそうな月でもあり・・・。

考えてみれば,12月もそんな月ではあるので,年に2回同じような感覚が味わえるのかも。

3月は,

1日(木) 大学院(修論の序章・第1章についての指導日)

2日(金) 朝日カルチャーセンター(共感論◆

16日(金) 朝日カルチャーセンター(共感論)

19日(月)〜 23日(金) 公認心理師現任者講習会@大正大学


みたいな感じだろうか。

これはこれで楽しみだ。

一段落したので,とりあえず部屋の整理整頓を続けている。

コツはよく言われるように,やはり捨てることだろう。

「いつか使うかも」と「長い付き合いだし」に打ち勝つ(!?)必要が出て来る。

なかなか難しい作業だが,片付けの究極はどうやら捨てることに行きつくようなので,ここは踏ん張りどころだろう。

しかし,ちょうど1年前の今頃の時期にもけっこう捨てたような気がするのだが,何でまたこうなるのか。

その時々に依って状況が異なるため必要不必要が変動するのかもなぁ。


をとうとう読み始めてしまった。

人生初の原書を一から読み始める「荒業」である。

もちろん,完璧に解るはずもなく,60%くらいの理解度で読み進め,重要そうなところは速度を落とすみたいな感じでやっている。

う〜む,英文科で挫折した英語をこんなところでやる羽目になるとは・・・。

皮肉なものである。

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これが簡単なようで難しいのではないか。

後者はまあ,よく経験することなので,その内,「ついてくる」可能性もあるだろう。

一方で,前者は理論上(!?)滅多にないので,「棚ぼた」でもあろうものなら,「調子に乗って」しまうことも多々あるだろうと予想できる。

ということは,見るべきは「順境」での立ち振舞なのではないか。

長年生きていると「下克上タイプ」(目立とう精神はあるものの不遇年数=年齢)みたいな場合は,どうも「順境」になったときに下品になってしまう場合が多いように見受ける。

まあ,それはそれで未経験のため仕方がないと言えば仕方がないのだろうが,不遇時代にちゃんと鍛錬をしておかなかったとも考えられ,見かけた場合は,なんともいえない気分である。

えっ!?お前が羨ましがっているだけだろうですって!?

まあ,そうかもしれません(笑)。

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! Grandista Resolution of Soldiers SUPER SAIYAN ROSE 超サイヤ人ロゼ

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う〜む,ロゼ・・・。

( ・∀・)イイ!!っす,( ・∀・)イイ!!っす。

ドラゴンボール超 Grandista Resolution of Soldiers SUPER SAIYAN ROSE 超サイヤ人ロゼ ゴクウブラック
バンプレスト






しかし,最近,画像が何だかぼやけているような気がしていたが,スマホのレンズを確認してみたところ,傷がつきまくっていた・・・。

何だかぼやけた感じになるのはそのせいなのだろうか。

まあ,6月には縛りがとけるので,買い換える予定ではあったから,そこまで我慢するしかないか。

いつもお世話になっております。
日本臨床・教育アドラー心理学研究会第8回大会事務局です。

第8回大会の事前申込の締切日が近づいてまいりましたのでお知らせいたします。
事前申込の締切日は2/25(日)です。

それ以降は当日料金となりますので、2/25(日)までに、ぜひお申込ください。

お申込は、下記URLまたはFAXで受付けいたします。

参加申込ページ(こくちーず):
http://kokucheese.com/event/index/500768/

FAX:03-5256-0538

したので編集委員会へとメールで送付した。

4000字ということで,土日で余裕だろうと思っていたが,修論の原稿を早めに提出できたおかげで,手を付けてみたら,意外と時間がかかるシロモノであったため,早めに取り組めて良かったなと。

やはり何事も早め早めにやっておかないと,直前に予想もしないことが起こるのに対処できないので,こういうときは,中退という痛い目にあって学んだ前倒し計画が役に立つのだろう。

ともあれ,これで2月のメイン事項であった修論の序論・第1章原稿と,今回の原稿が出し終わったので,少しゆっくりできるかなと。

しかし,今年の「業績」は,この『ゼミ動向(感想文4000字)』だけに終わりそうだなぁ(笑)。


とまあ,表紙の画像が出たようだ。

この手の本はまだまだ出てくるらしい。

受験生としては,迷いどころなのではないか。

多くの参考書に手を出す者は敗れるの受験界の鉄則(なのか!?)であるが,「鉄板」の参考書がない現在,絞ること自体が困難を極めるところだろう。

私はまだ現任者講習会を受け切るまで保留中である。

これはよく聞かれる質問だ。

一言で言うと「新しいテーマでゼロからやるのがめんどくさかったから」である。

当時,共同体感覚尺度が完成し「これは良いのができた。これなら博士号余裕だぜ!」と思い,共同体感覚の研究で受け入れてもらえる研究室を探していた。

が,しかし,受け入れてもらえるはずの研究室から研究計画のダメだしがあり,願書取り下げになると同時に,他の候補の研究室も断ったりしたこともあり,共同体感覚で博士号を取る計画がポシャってしまったのだ。

なら別のテーマで・・・,とも思ったが,ゼロからまたやるのかと思うとめんどくささマックスになり,どうせゼロからやるなら,もう専攻自体を変えた方が楽しそうだ,という流れなのだ。

なので,何か信念があってというよりも,単にポシャったから仕方なく何やら思いついたというのが正確なところだろう。

それもまた運命である(笑)。

私はアドラー界隈をあえて空気を読まず「渡り歩いた」経緯はあるかなぁ。

協会しばりというほどでもないが,アドラー界隈でも他のところに行きにくい人もいるのではないか。

わたしはとうとうどこにも深くコミットしなかったので,お呼ばれされることもなく,また「有名」になることもなかったのだが(笑)。

これは確かにそう見られても仕方のないところだ(「あんなまがい物が流行るなんて正統派心理学にとって迷惑だ!!!」みたいなところだろうか)。

そもそもの間違いは「アドラー」という名前を冠したことなのではないか。

その筋の人たちからは宗教っぽく感じてしまうのだろう(「個人心理学」と素直にしておけばこういう風にはならなかったかもなのだが)。

ただ何事も両面があるわけで「アドラー」と冠したことで,広まる余地があったのもまた事実だろう。

個人的には研究分野は無視して(「まだ良い研究法が開発されていない」とみなして),何と言われようが「我が道」を行くのが良いのではないかと(笑)。

さて昨日は久しぶりに東京アドラー心理学研究会に参加してみたわけだが,場所が立教大学ではなくなったのと,その関係なのか,学生の姿が見当たらなかったのが,以前との違いだろうか(まあ,その回だけだったのかもれないが)。

あとは主催のM先生とほぼ主催のA先生がいるのは当然のこととして,私が立教大学のときに行っていたときに来年から立教の学生になりますとか何か言っていた社会人の方がM2で修論を書き上げていたのが時の流れを感じた事態だった。

あとはいつもの会の雰囲気だったのではないか。

お菓子や飲み物が出て来るところも変わっていなかった(笑)。

あとはそうだなぁ。

ときどきお会いするアドラーギルド系(!?)の某さんも(また)出席していたのが驚きであった。

今後も参加されるのかどうかは不明だが,今後,いろんな架け橋になっていただけたらとは思う。

ともあれ,勤務や大学院の関係でなかなか行けていなかったが,来年度の日程しだいでは,また参加させていただければと思っている。

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