当ブログは2005年6月2日に開設されました。タイトルは実家で猫を32匹飼っていたことがあり,懐かしい光景が思い浮かんだのでつけました。内容はキラキラブログでも応援ブログでも情報ブログでもなく基本的には厭世ブログなので好みは分かれるかと。

再投稿完了

saitoukou
さて,第1回めの改稿を終え,再投稿が完了した。

はてさて,どうなりますことやら。

ときどき,あの人はどうやって生活しているのか,とか,あの店は儲かっていなさそうなのにやっていけるのか,みたいなことが頭に浮かぶことがないだろうか。

そういうときは,どうも,配偶者が稼ぎまくっているか,資産家(不労所得者)なので,本人(本店(!?)は,特に稼がなくても生活できる感じになっている場合があるようだ。

もちろん,単なる貧乏の場合ももちろんあるのだが,そうやって侮っていると,とんでもない「逆転劇」があったりするので,要注意である。

最近,人には下克上タイプがいることを発見した。

下克上タイプは野心はあるものの幼き頃から日の目は見ず過ごしてきた期間が長いようだ。

で,何かの「棚ぼた」があった瞬間,今までの鬱憤を晴らす感じなのか,誇大感に包まれ,何だか派手な動きをし始める傾向にある。

それがまたギラギラしていて,見ていてどうも下品である。

一方で,育ちが良い感じで,幼き頃から日の目には見てきており,特に「前へ前へ」の姿勢はなく,自然に溶け込んでいる感じの者もいる。

こちらは,何だか和やかで上品だ。

まあ,あくまでも個人的な印象なので,こちらにも当てはまらない場合が多いのだろうが,ちょっと書いてみた。

をする予定である。

修士論文(あわよくば博士論文)用に書籍や資料を整えておくというわけだ。

本棚も新しく購入してあるので,それに色々入れていき,要らないものは捨ててしまおうと思っている。

さてさて,どうなりますことやら。


オープンキャンパスはどうも「高大接続」の一環の可能性があるらしい。

私の分野でも幼小接続,中高接続などがひっそりと流行っている。

どれも「◯◯ギャップ」を埋める努力もあるのではあるまいか。

しかし,どこに行っても「◯◯ギャップ」はあるような気もするのだが,そこは「形式」や「書類上の」問題でもあるのだろう(やりましたアピールして助成金獲得というのが大きいのかもしれないが)。

とはいえ,オープンキャンパスは行きたい人にとっては楽しいものになるのではないか。

例によって準備する方のいやいや係になってしまった人は「雑用」が増えてお気の毒なところなのだろうけど。

ここまで人生を送ってくると,目標は蜃気楼であることが体感的にわかる。

どんな目標も目指している間は「足りない」感があり,また,達成しても,喜びはほんの一瞬で,また次の目標がセットされる。

まさに目標は蜃気楼みたいなものだ。

やはり,プロセスに喜びを見出すという,言い古された境地にたどり着くしかないことになるが,それがまた難しい。

いやはやである。

◇『ペアレント・プログラム入門』(発達障害の親支援)
下記要領で開催します。

■講師:黒田美保先生(東京大学客員教授)
■9月9日(土)13時−15時
■場所:東京大学本郷キャンパス
■詳しい内容及び申込は、下記サイトを御覧ください
https://tokyocare.jp/?p=905

※保護者対象セミナーですが、支援職も参加できます。発達障害支援の第一人者の黒田先生がどのように親支援をするのかを実際に体験できます。

◇『マインドフルネス段階的トラウマセラピー研修会』
下記要領で開催します。
■講師:大谷彰先生
『マインドフルネス実践講義』(金剛出版)著者
■基本編 9月17日(日)
■実践編 9月18日(月:休日)
■場所:東京大学本郷キャンパス
■詳しい内容及び申込は、下記サイトを御覧ください。
http://clin.or.jp/

なのか,反応が悪くなってきた。

プラスチックコートみたいなマウスパッドなのだが,かれこれ10年以上使っているため,表面のコートがところどころ変質してしまったのかも。

また買わないとですね。

とした。

3日連続集中講義の後に設定しておいたというわけだ。

明日からは本棚や資料の整理をして本格的に修論(博論)に取り組める態勢を整えようと思っている。

修士課程で終える人は就活をする必要があるらしく,ちらほらとそういう話が出始めている。

確かにそうかもなぁ。

となると,修士1年の今頃から意識し始めると,もう研究からは心が離れてしまったりするのではないだろうか。

まあ,研究から心が離れたから就活という話でもあり,鶏か卵かというところではあるのだろうけど。

私は既に就職しているため就活も何もないわけだが,博士課程に行けるかどうかは判らない。

修論が良い感じで展開すれば良いのだが,筑波のときみたいに,結果出ない,アイデア出ないとなると(究極は研究がどうでも良くなるという事態もあるのかも),修士課程で終える可能性も十分にある(今回は統計は使わないので,字数を埋めることは可能だとは思うのだが)。

私は博士課程に行ったことがないので行ってみたいステージであることはあるのだがクジ運(←運のせい!?)しだいだな。

暑中お見舞い申し上げます。皆さま、どんな夏休みをお過ごしでしょうか?

私は7月26日〜8月25日の1か月間、娘夫妻の子連れ結婚式への出席+バカンス
のため、イタリア、トスカーナ・ヴィテルボ/モンタルト・ディ・カストロにある「海の家」
を中心に滞在しています。夏の日射しは強烈で、日中は40度を上回ることもあります
が、家の中や日陰に入ると涼風も吹き、過ごしやすいです。湿気がないせいでしょうか。
滞在中の様子は、Fcebook にも時々アップさせていただく予定ですのでご覧ください。
さて、8月の研究会は、特別企画として、◯◯×◯◯氏による「アドラー心理学の可能
性と課題」について、トーク・ライブをおこないます。フロアの皆さまを巻き込んで、
アドラー心理学の発展につながる熱く刺激的な議論が展開されることを期待しています。

夏の宵のひととき、久しぶりに参加してみようと思っているあなた、初めて参加してみよう 
という方々など、お誘い合わせのうえ、にぎにぎしいご来駕を心よりお待ち申しあげております。 
                                              2017.08.07

                      ―記― 
■日時:8月30日(水) 18:30〜21:00

■場所:初台センタービル2F・会議室京王線「初台」駅下車2分) 
「心理支援ネットワーク心PLUS」オフィスの入っているビルの 
2F会議室です。 アクセスは,下記サイトをご参照ください。 
http://www.kokoro-plus.or.jp/aboutus.html 
https://www.facebook.com/kokoroplus/?fref=nf 

====== 研究会内容 ==========================
■ <テーマ>トークライブ「アドラー心理学の可能性と課題」
  <語り手>◯◯・◯◯
  <司会>◯◯
<内容>
 今回は学生時代から本研究会でアドラー心理学を学び、研究や臨床実践の軸に据えて活動し
てきた2人による「トークライブ」を行う。
 ◯◯は病院臨床の現場で工夫を重ねながら、アドラー心理学の思想と有効な実践のあり方
を探求してきた。◯◯はアドラー心理学とコミュニティ心理学の統合、勇気づけプロセスのモデル
化などに関心を持ち、研究と実践を行ってきた。
 トークライブのタイトルは、便宜的に「アドラー心理学の可能性と課題」とした。各々がアドラー
心理学について思うこと、考えることを対談形式で自由に語り合う。対談で何が語られ、どのよう
に展開するかは当日まで分からないが、フロアの皆様も巻き込んで、アドラー心理学の発展に
つながる熱く刺激的な議論ができればと思う。
=======================================

※アドラー心理学、コミュニティ心理学に関心と経験のある 
方はもちろん、初心者の方もともに語り合いましょう! 
※参加費(資料代など):一律 500円 

★★★【アドラー心理学基礎講座】へのお誘い* 
10月15日(日)+29日(日)の二日間にわたり、上記講座を 
開催します。 
アドラー心理学をじっくり学び,自らの実践や生き方に役立てる 
よい機会と なること請け合いです。申し込み締切は,9月17日 
(早割締切)または10月1日(通常締切)と少し先に なりますが, 
定員(12名)になり次第締め切らせてい ただきますので、早め 
にお申し込みいただくようお願いいたします。 
詳細は添付ファイルをご覧ください<最終Verは当日までにお送り
する予定です>。 
皆さまの積極的なコミットメントをお待ちしております。

☆☆☆八巻・深沢・鈴木著「臨床アドラー心理学のすすめ」の座談会の紹介
 このたび遠見書房から出た「臨床アドラー心理学のすすめ」の座談会で、
◯◯が「コミュニティ心理学とアドラー心理学の統合」について語っています。
関心のある方は、本書をぜひご購入ください。
https://www.amazon.co.jp/dp/4866160330

・なお、座談会で本に掲載されていない前半部分は、八巻先生のHPで読めます。

https://www.yamaki-shuu.com/アドラー心理臨床座談会-前半/

・私たちの活動もアドラー心理学界で認められてきた感があり!?、基礎講座にも追い風になればと思います。

今日の最高気温は37度なのだとか。

徒歩を含む私には痛いところだが、最終日ということで、何とか堪え忍びましょう。

台風は特に影響ないようなので、通常パターンのようだ。

上野のホテルに泊まってみたが、特に必要はなさそうだ。

次回は、「通学」パターンで大丈夫しうだ。

お初の学食

カテゴリ:
[画像:b6e0a45b-s.jpg]
初めて学食で本格的に(!?)食べてみた。

ミニ定食らしいのだが、小皿と大皿の中身は何種類かの中から選べた。

私はライスSなので、310円だった。

お初ということで、食券を買うだけのところで、小皿と大皿のメニューを言ってしまったり、味噌汁が付くことを知らないで、席に着こうとしたりと、散々(!?)であった。

まあ、学生なのに学食を利用したことがないのもなんなので、利用できて良かった。

明日は別のところの学食を臨床心理学してみようかと

また間違いそうだが(^_^;)。

である。

一応,体力を考慮して,上野のホテルに宿泊しながらこなしてこようかと。

さて,体力が持ちますかどうか。

それにしても,久しぶりの大学だなぁ,というか本格的な外出だ(^_^;)。

追記
お持ち帰り作業もありそうななさそうななので,一応,ノートPCは持っていくが,ブログはスマホからでも更新可能なので,たぶん,更新はするのではないかと。

私は修士課程を中退してものの,研究1と研究2はデータを採っていた。

研究1は尺度作成だったのだが,その尺度で研究2をやったら結果が出なかったため,修論を提出できなかったのだ。

が,しかし,研究1の尺度はなんとなくの結果は出ていたので,試しに学会誌に投稿してみたところ,C判定で返ってきたので,修正して再投稿する段階には持っていくことができた。

これ掲載まで漕ぎ着けたら私の中退はいったい何だったのでしょう・・・。

まあ,これもまた運命ですなぁ・・・。

いや,例え掲載まで持っていけたとしても,博士号の条件は,もう1つの査読付き論文と8つくらいのデータ・セットなので,どの道,途中で行き詰っていたのかもしれないしで。

いやはやである。

夏だからだろうか,BBQの画像がアップされる頻度が上がっている。

そこで出て来るのが,釣った魚を串刺しにして塩付けて焼いている画像だ。

私も幼い頃は釣ったり焼いたりができていたのだが,最近はやれと言われてもできないだろう。

もちろん,食料不足とかでどうしようもなくなったら,そういうキレイ事はなしにできるのだろうが,通常でのお話だ。

画像の姿は何とも哀愁だ。

各魚たちにそれぞれ色々な魚生があったことだろう。

気ままに泳いでいて,何かにぱくついたら,生きたまま串に刺されて塩焼きである。

何とも言えない事態だ。


これはすごい。

永藤さんが終了されたら,アドラーユニバーシティ(旧アドラースクール,旧旧アドラー研究所)を終了した人は,私が知る限り,6人目になるのではないか。

いや〜,英語で学ぶなんて,私には想像がつかない世界だ。

私は聴けない,話せない,本読めない,まして書けないという4技能全滅な英語力なので(^_^;)。

アドラーユニバーシティの様子も永藤さんのブログやSNSでわかると楽しそうですよね。

いろいろ楽しみな展開です。

しかし,永藤さんは,突然発表されるタイプなんですね。

私は受ける前とかは,タラタラとブログやSNSで垂れ流すタイプなので,逆ですね(^_^;)。
(次回は公認心理師受験編が展開されることになるでしょう)

をときどき考えることがある。

おそらくであるが,タイムライン上に強制的に表示されてしまうところが嫌なのではないかと。

ブログであれば,そういう強制的に表示されてしまうという事態は発生せず,見たい人にしか見えない(!?)ところが良いのだろう。

ときどき連携を再開してみることがあるのだが,どうもダメだ。

なので,もし当ブログを定期的にご覧になっている方がいれば,RSSリーダー等を使うと便利かもしれない。

まあ,このブログは,そういうのも必要ないくらい,ほぼ毎日更新しているので,1日1回チェックすれば良い感じなので,RSSリーダーも要らないかもしれないが。

7日(月) 1〜5限

8日(火) 1〜5限

9日(水) 1〜3限

という何とも詰まった時間割だ。

1限のスタートが8時30分,5限の終わりが6時35分ということで,体力を鑑み,7日と8日は上野のホテルに泊まることにした。

さてさて,どうなりますことやら。

レモンケーキな日々


何だか久しぶりにスーパーAlpsでレモンケーキが売っていたので,さっそく買ってきた(水曜日のことだ)。

で日々食べているのだが,やはりおいしい。

大学の生協で買うのよりも個人的にはこちらの方がおいしい。

しばらく楽しめそうだが,たまにしか売っていないのが惜しいところだ。

例えばであるが,臨床心理士の資格試験に受かったとしよう。

まあ,かれこれ足掛け何年という感じの夢実現みたいなところだろう。

ところがである。

その達成した瞬間に,誇大感に包まれてしまうのか,SNS上で派手な動きや言動をしたりする者がいる。

まさに後で振り返ると「黒歴史」にしか思えないような動きをしてしまうわけだ。

真の「鍛錬者」はそういう時こそ,真価を問われるときとなるわけだが,なかなかどうして,「鍛錬者」でないと,思わず誇大感に浸ってしまうことになる。

そういう状態を未熟ととらえるか,嬉しいんだから良いではないか,ととらえるかは,価値観によるところとなるが,さてさてである。

カテゴリ:
例えばである。

私が「テレビに出ている心理士はくだらない」と言ったとしよう。

もちろん,専門家よりの人であれば,それが解ってもらえる可能性が高いが,そうでない人には単なる「僻み」ととられる可能性が高い。

つまりは結果を出していないことについては,「僻み」ではないと思っていても,コメントは難しいということになる。

そして厄介なところは,本人が「僻み」ではないと思っていても,無意識的には「僻んで」いる可能性があるところだ。

いやはやである。

逆に言えば,結果を出していないことについては,意識的に「褒めて」おいた方が無難でもあるということになる。

があった。
八巻先生がやっているのか,スタッフの方々がやっているのかは謎だが,発信元が八巻心理臨床オフィスっぽい。

さっき発見したばかりなので,まだ色々と読んでないいが,ちょっと読んでみることにしましょう。

カテゴリ:
これもまたそうだ。

一病息災みたいなものだろう。

思い上がりも,周囲からみれば大したことがないことで,そうなっている場合も多いだろう。

逆に言えば,そういう醒めた視点を持っていることは大事だということだ。

ついつい自分が価値があるとかスゴいと思っていることは他人もそう思うだろうと思ってしまうもので。

が書いてあるのを読んだことがある。

ある個人が幸福になったとしても,なんとその個人の幸福を妬んだり喜んだりしない別の個人がいるので,その個人の幸福は別の個人の不幸を増幅させているという論理だ。

これは確かにというところだ。

まあ,そんなとこまで構っていられないよ,という話ではあるのだが,「論理的」にはそうなるロジックはあるかと。

いやはや,皮肉な話だ。

カテゴリ:
これはなるどなと。

私は現在,大学院生でもあるわけだが,そこへ動くさいには,はやり「危険」は感じた。

まずもって大学院に通うので収入は減る(と同時に貯金はできない上に逆に減っていく)。

次に専門分野を変えるので博士号は取れるかどうか分らない。

つまり,死の予感は確かに上がる。

が,確かに,同じ生活を続けていたときよりは,「全身が生きてくる」。

ただ私の場合,死の予感よりも,死までの退屈の方が苦痛なので,ついつい「危険」を感じる方へ駒を進めてしまう。

厄介なところだ。

このページのトップヘ

見出し画像
×