当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは熊本の実家で猫を32匹飼っていたことがあり懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。

【以下一時的掲載】
1月31日(木):修士論文口述試験   ← 完
2月05日(火):博士課程入試口述試験 ← 完
2月06日(水):博士課程合格発表   ← 合格
3月07日(木):修士課程終了者発表  
3月25日(月):大学院修了式


も読み進めている。

今まで謎だった文法事項の謎が解けることが多く,とても楽しく読めている。

しかし,著者の大西先生は東洋学園大学で非常勤講師をしていたときにメールボックスも斜めちょっと上にあったりして,サインをもらえる機会があったかと思うと,惜しいことをしたなと。

オンラインで学ぶ “おとなの研究” コースを2019年3月4日(月)から開講します。今回は第5期生となります。

現場で働いている社会人が「研究」を始めたらどうなるでしょうか。何か面白いことが起こりそうです。このコースでは3ヶ月をかけてその第一歩である「テーマを決め、文献研究をする」ということを学んでいきます。

「研究」というと難しく思えたり、現場には関係ないと思うかもしれません。しかし、そうではありません。現場の観察から問題を発見してデータを取り、それを分析して研究論文を書いて発表することによって、現場も自分も大きく成長していきます。その方法を身につけましょう。

学習の進め方は、インターネットでの学習と個別ファシリテーションを組み合わせた社会人(おとな)向けのコースです。この方法は、SPOC(スポック)と呼ばれています。

SPOCとは

  • Small(小さな)
  • Private(個別の)
  • Online(オンライン)
  • Courses(コース)

という意味です。

こんな方はぜひご参加ください!

  • 自分の職場や仕事に問題を感じている
  • データで問題点を明確にしたい
  • データに基づく提案をしたい
  • 目先だけでなく長期的な改善をしたい
  • 研究の方法をきちんと習得したい
  • 研究発表ができるようになりたい

学習内容(全4シーズン)は以下の通りです。

  • 現場の観察から研究テーマを見つける
  • 働いている要因と変数を見つける
  • データを取るための枠組みを考える
  • データを整理してグラフ化する
  • 統計分析によって結果を読み取る
  • 研究論文として仕上げ、発表する

各シーズンの概要は以下の通りです。

  • 第1シーズン テーマを決め、文献研究をする。
  • 第2シーズン インタビューをして、質的な分析をする。
  • 第3シーズン アンケート調査をして、量的な分析をする。
  • 第4シーズン 研究成果をまとめ、研究論文にする。

今回、第1シーズン(3ヶ月)の受講生を募集します。

  • 日程:2019年3月4日(月)〜2019年6月9日(日)(約3ヶ月間)
  • 定員:12名
  • 受講費:30,000円(税込)
  • 受講方法:2週間ごとに導入のビデオレクチャーを視聴して、簡単な課題をやりながら研究の方法を学んでいきます。ファシリテータが随時手助けをしますので安心して進められます。
  • 研究成果は「おとなの研究会」で発表の機会を設けます。
    第5回おとなの研究会」の開催予定日は2019年7月13日(土)です。
  • 申込締切:2019年2月24日(日)

申し込み・お問い合わせ

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博士課程入試が合格だったということは必然的に修士論文も合格だったことになる(留年なし)。

私は桜美林大学大学院でも筑波大学大学院でも留年している。

では,努力の量はどうだったかというと,どう考えても桜美林のときや筑波のときの方が,文献を読んだり,考えたりの量は,東大のときよりも圧倒的に多いと思う。

いったい何がどう違ったのか。

おそらくは単なる「運」だろうということだ。

私は中央大学で卒論を書いたわけであるが,そのときは,何ら苦労せずにサクサクと書けたため,何で大学院で指導教員が居るのかが理解できなかったほどだ(卒論は「良い」出来だったみたいで紀要に掲載された)。

そのときの感覚があったので,はっきり言って大学院であそこまで苦労するとは夢にも思っていなかった。

さてもう一度努力量を振り返ってみると,

筑波大学大学院>桜美林大学大学院>東京大学大学院>中央大学

となっている。

では結果はどうかというと,皮肉なことに逆になっているのではないか。

となると,やはり,「」「偶然」「たまたま」としか言いようがない。

何とまあ,悲惨な話ではないか。

「締切」に対する対処


なるほど,「依頼が着たらちょっとだけやってみる」ということか。

見積もりができれば,少し安心だよなぁ。

私の場合は,

1.締切に合わせて執筆計画を立てて,

2.内容の質は主観的評価60%程度にし,

3.とりあえず何らかの「主張」が入っていれば良し


という感じだろうか。

1はまあ,逆算できるわけだが,なるべく余裕を持った計画にしておくのがコツなのではないか。

2は「完璧」を目指すとツラいわ遅くなるわで大変なので,「これで良いのかな」と多少不安になるくらいでも大丈夫だと思うことだ。「評価は相手がするもの」ということで。ここではガンダムのサキオカ中尉が「80%?!冗談じゃありません!現状でジオングの性能は100%出せます!」を思い起こすと良いだろう。

3はショーペンハウアーが言っているように「良い文体の第一条件は主張すべきものがあること。これさえあればやっていけるのだ」ということで,何らかの「主張」さえあれば,あとの「ロジック」はどうでも良いとは言わないが,「ロジック」は人によって感じる感じないに差があるので,ここは多少手抜きをしても大丈夫ということだと勝手に思っている。

あとは,そうだなぁ,1に関係してくるが,締切の1週間前くらいに完成させることもあるような気がする。締切当日に出すとなると,直前に風邪をひいたり,パソコン等が壊れたり,急用ができたりなどなど,何が起こるかわからないからである。

ただ,私がこういったことが(ある程度)できるようになったのは,いろんな経験をしてきたからで,経験を積むことも大事になってくるだろう。

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それは,発信したい気持ちはない,からである。

私は読書は好きだが,何かに疑問を持ってそれを自ら解決する,という気持ちはない。

じゃあ,何で論文とかを書いたかというと,卒業や終了のために「仕方なく」書いたのである(笑)。

現在も博士号の「ために」書いているので,そういうのがないと,ただ読書をして満足なのだ。

つまり,受信は好きでも必要性がなければ発信に関してはそもそも発想さえ沸いてこないというのが正直なところだ。

なので,私は「研究者」ではなく,単に「読者」なのである。

ときどき受ける質問がタイトルにあるようなことだ。

結論から言うと「狙っていない」である。

心理学分野に居たときは狙ってい「た」のだが,何回か書いているように博士号を取れそうなテーマで行ける博士課程がなかった(正確にはあったような気がしたのだが,受験することもできなかったので勘違いだった)。

そこで詰んでしまったのが大きな要因である。

これから新分野で「業績」を積む上げるのも難しかろうし,年齢も大幅オーバーだろう(笑)。

ただ,そのおかげでというか何というか,新しいことにチャレンジできて,けっこう楽しい生活ができている。

博士号は取れたとしても,アカポス就職に活かそうという気もなく,単にそういう目標があれば退屈しないで済むかなみたいな感じである(私の苦手なことは,目標もなく毎日同じことが続き生きている意味を感じられず,もしくは退屈になることなのだ)。

というわけで,「その後」は熊本で極貧ながら老後を送れればと思っている。

と思わず,ツイートしてしまった・・・。

そう統計職人といえば,私の不人気ブログとは比べ物にならないくらい人気のあったブログの管理人である。

臨床心理士試験の当日,実は知り合いだったことがわかってびっくりしたエピソードがある。

個人的には,復帰を促しているのだが,なかなかそうなっていない状態である。

さて,復活ありやなしや。

という2つの団体が設立されたようだ。

あまり詳しくみたわけではないのだが,協会の方がより臨床系よりで,会の方がより基礎系よりのような感じだろうか。

1つにまとまらないものかという意見もあるようだ。

ただ,私が思うのは,そういったことではなく,そもそもこういう会自体は何で存在しているのかというところだ。

私は日本臨床心理士会とか東京臨床心理士会とか東京学校臨床心理士会とか神奈川県臨床心理士会とかに入っているが,それはスクールカウンセラーの公募に応募するさいに必須条件だからである。

公募の条件でなくなったら,入る意味があるのかというと「ない」というのが正直なところだ。

これは別に「斜めに構えている」というわけではなく,純粋にそう思うのだ。

話が逸れた。

とにかく私は協会にも会にも入る予定はない(繰り返しになるが別に斜めに構えているわけではない。そもそも,あちらからすれば,私のような「その他大勢が一人」が入らないくらいどうでも良いだろう)。

結論,協会も会もその存在意義が不明である(笑)。

ということで,次は論文の投稿ステージである。

博士号提出要件に「査読付き論文2本」が前提としてあるので,まずはその2本を作る必要があるわけである。

ちなみに筑波大学のときは,同じく査読付き論文2本であったが,1本は形だけの査読がある紀要を1本とみなしてもオケであった。

ところで,心理学では6本の査読付き論文を持っている私であるが,この分野では0本である。

6本書いた身からすると,2本なんぞ瞬殺なのだが(本当か?!),新分野ではそうは行かないだろう(笑)。

私は投稿論文を指導教員にみてもらいながら投稿するという作業をやったことがないので,その作業ができるのも楽しみだったりする。

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