木曜日ということで東京都町田市で勤務となります。

最寄り駅は京王線めじろ台駅です。

今日は都立高校の合格発表(学力検査編)ですね。

さてさてというところでしょうか。

ちなみに熊本県出身の私は未だに各学校の「選抜性の高さ」が実感できない状態だったりします(^_^;)。

水曜日ということで,東京都国分寺市にて勤務となります。

最寄り駅は中央線国立駅です。

さて今日から3月ですね。

私は15日(水)が今年度最後の勤務となります。

それにしてもまだまだ寒いですね。

これはほんとそうなんだよなぁ。

いいことばかりというのは物事にはありえないと思っておいてちょうどいいくらいだろう。

同時にわるいこともまたくっついてくる。

ただ逆に,わるいことには,必ずいいことがついてくるともいえるとも言える。

人生,良い,悪いは,自身の都合で決めているフシがあり,どうやら良いも悪いもなく,事象的には,ただ事実があるだけという話でもある。

何はともあれ,100%良いことばかりというのはないということだ。

やれやれでもあり,だからこそ面白いということでもあるのだろう。

とはいえ,わるいことはない方が良いに決まっているのだが(^_^;)。

第2稿が審査中に変わる

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さて第2稿が審査中になりましたね。

う〜ん,1回目の審査で3ヶ月もかかったということは,一人の審査員からリジェクトされたので,別の審査員を立てた可能性があり,危ない状態ではあるような気もする。

まあ,リジェクトされても,何か問題になるわけでもないのが,学位や終了がかかっていないお気楽な立場の良いところでもあり悪いところでもあるのだが(^_^;)。 

した。

これで2月が終わる感じだろうか。

3月末に京都旅行へ行かないかというお誘いもありどうしたものかと。

京都といえば,個人的には本能寺の変の本能寺でしょうか。

今はホテルになっているみたいですけど(^_^;)。


なんだかすっかり,いつものトリオみたいな感じの御三人となっていますね(^_^;)。

何やら結果が出たのでしょうか。

広島といえば,私が初めて学会発表をした土地ですね。

またお好み焼きが食べたいところです。


これは受けてみたい講座なんだよなぁ。

ただ早割でも148000円なので厳しすぎる。

平本先生,もうちょっと安くならないもんですかね(^_^;)。

が,しばし「置いて」みて,夕方チェックして夜の再投稿することにしよう。

もう1本投稿用の論文が完成しているのだが,それは4月1日に投稿予定である(単に所属を大学院にする目的のためだけだったりする)。

しかし,一連の論文は書いても博士後期の受け入れ先がないので,博士論文に繋がらないのは仕方がないところだ。

まあ,「捨てた」分野なので,未練はないのだが(^_^;)。

火曜日ということで神奈川・・・。

は昨日になったので,今日はお休みとなります。

1.特定章の原稿の提出

2.投稿中の論文の改稿

を行いたいと思います。

2月も終わりですね。

3月は年度最後ですから,時折,哀愁な月になるかと。

何ていうのか,最近,SNSの我欲というか,承認欲求というか,自己顕示欲というかが,酷くなってきているように感じるのは私だけなのだろうか。

もちろん,私もやっているので,お前もそうだろうと言われればそれまでなのだが。

こうやって公の場であれこれ書かなくなったとき,それが私が次のステージに行けたときなのかもしれない。

帰りの電車で人を眺めながら,こうやって人と人は生まれて死んでのサイクルですれ違っていくのだなと。

仏教哲学では,人間もまた現象であり,波や風のように現象としてはあるが,実態はないとされる。

例えていえば,海から波となり,波として一時的に現象し,そしていろんな波と「出会い」そして,また海に一体化する感じなのだろう。

いやはやである。

月曜日ということでお休み・・・。

なのが通常なのですが,ちょっと変則で,神奈川県厚木市にて勤務となります。

最寄り駅は小田急線本厚木駅です。

2月最後の勤務ですね。

今年度も残り3週となることに。

そもそもなぜ訳もなく辞めたいのかと言ったら
お金よりも時間がほしいから
なんですよね 

生活のために働かなければいけないことくらい解っているけども
生活のために生きている実感を失っているのも事実

連日の残業、終わりのない業務
やっと帰路についても『仕事のための休憩』
たまの休日も『仕事のための休日』 

やりたいことがみつかる隙もないくらいに気が付けばその殆どの時間を生活のためだけに捧げてしまっているわけですよね

こうなってしまうと『自分のやりたいこと』 なんて日々の喧騒に消されてしまうんですよ
だからまず『自分のやりたいことを見つける時間』 が必要になるわけです

『仕事を辞める = 負け犬』みたいな風潮があるんですけども
限りある時間は限りある命そのもの
その命の時間を自分のために投資してあげることは
一概に負け犬のやることとは言えないものなんですよね

やりたいことがない人なんて実はいないんですよ
それを忘れてしまっているだけ
やりたいことは見つけるものじゃないんです
思い出すものなんです

そのためには若干の時間が必要ということ

やりたいことをやるのに年齢は関係ないとは思いますが
その可能性は時間と共に削られていくものです

大冒険をするのなら若いときにしておくものだと思いますけどね

残りの人生で最も若いのは今の自分
今の自分ほど可能性を持っている自分はいないんですよ

失敗しない人生よりも
後悔しない人生ですね


*色付けは引用者

上記引用先より

考えてみると,私は時間の確保のために貧乏になっているんだなぁ(という言い訳)。

1項目版尺度の必要性については「効率性」という鍵概念で説得的に主張されております。一方、共同体感覚という概念が1項目で測りうるものであるかについては、問題と目的で明確に述べていないように思います。心理学的概念の中には、本来的に多次元的概念と考えられるものも存在していると考えられますし、共同体感覚についての先行研究も、この概念を多次元的に測定しています。したがって、本研究では共同体感覚が1次元的に測定しうるものであることを主張する必要があると考えます。

このコメントが一番「らしい」コメントだったかも。

何とか修正はできたので,あとは修正対照表を作成しないとである。

次の休み辺りに完成させて返すとしますかな。

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私の周りにも小説家になりたいものや放送に携わりたいものなど色々なものが存在したが,いずれも語るだけで,行動には移せず,自称・しがないサラリーマンとなっている。

では,自称・しがないサラリーマンで不幸かというと,そうでもなさそうで,なかなかに幸せそうである。

おそらくであるが,どの仕事でもある程度こなせるシステムが完成しており,その中に入ると,ある程度仕事ができるようになり,仕事ができるとポジティブなフィードバックがあり,例の貢献感や所属感が生まれるのだろう。

ただ個人的に興味があるのは,出世レースの展開だ。

ある程度仕事ができるシステムが整っているとはいえ,その中でどうしても,できるできないの序列はできると思われる。

そうなると,同期に先を越されたり,後輩に追い抜かれたりすることも出てくるだろう。

そういうときどう過ごすのかと思うのだが,これも予想であるが,色々見ていると,たぶん,どこかで諦めが入り,出世云々もどうでも良くなるのではないかとみている。

要するにどう転んでも,年をとるに連れてほどほどの幸せになってくるのではないか(おそらく老化によるパワーダウン(強欲の低下)が大きいとみている)。

何だかそう思うのだが,実際のところはどうなんだろう。

死にたいとか自死予定とかはまったくないのだが,やはり「死」はちらつく。

何度か書いたが,43歳にもなるといつ不治の病に罹ってもおかしくないゾーンに入っていると思われる。

4月で44歳なわけで,こうなると50歳まで後6年ということになる。

信長が謡う人間50年云々が近い。

やはり後悔のない選択肢を選び続けるしかなさそうだ。

ELM(エルム・Encouraging Leader's Manual)を受講してきました(その2)。

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というわけで行って参りました。

今回は後半6章で最終日でした。

アドラー心理学的には,いわゆる目的論のワークと主体論のワークがなるほどなと。

例の短所は長所的な感じで,楽観主義のワークが出てきたのも面白かったです。

もちろん,お約束(!?)の(他者)勇気づけワークも出てきたのは言うまでもありません。

最後は自己勇気づけみたいな感じで,自分への感謝状のワークがありました。 

ラストへ向かうにつれ岩井先生テイストに仕上がっていくなぁと。

何だか例の感じで岩井先生が嬉しそうにラストを創っているであろうシーンを想像してしまうラストでした(^_^;)。

全12章,色々と使えそうなワークがあったので,研修をやる立場になったときは参考にしたいと思います。

追伸
野口先生に聞き損なったことは,野口先生のブログに写っている先生が持っているハートは今どこにあるのか,という疑問でした。

いつか聞ければと思っています。
syuuryou

査読者Aは2つ,査読者Bは6つのコメントがあった。

査読者Aは,名前が違っている,とか,引用文献では共著なのに
本文では1人になっている,という感じだ。

査読者Bは,おそらくテーマに関してあまり知らないが,
とりあえず引き受けた手前何か書かなければならなかったみたいな
感じのコメントが多い。

となると,これは突破できそうだ。

これが突破できれば,続きである次の論文も投稿できるので,何とかしたいところだ。

まあ,私は別に期限がある生活を送っていないので,急ぐ必要はなく,そこが
また良いのだが(4月からの大学院編では期限がある生活になってしまうのだが)。

土曜日ということでお休みです。

が,ELMの2日目を受講しに横浜駅近くの会場まで行ってきます。

さて(私自身の)研修に使えそうなどんなワークが出て来るのか楽しみです。

追伸
お昼は,会場近くの吉野家で牛丼,夕飯は八王子の横浜家系ラーメン
でつけ麺を食べるという前回のパターンを踏襲しようかなと。

施行日前に大学院の課程を修了した者であって、当該大学院におい て必要な科目として省令で定めるものを修めたもの(第1号)

3. 法附則第2条第2項第1号に規定する講習会の課程について

○ 法の施行の際現に第2条第1号から第3号までに掲げる行為を業として 行っている者その他その者に準ずるものであって、以下のいずれにも該当 するに至った場合は、法施行後5年間は試験を受けることができる。

所定の講習会の課程を修了した者

省令で定める施設において、第2条第1号から第3号までに掲げる 行為を5年以上業として行った者

○ 精神保健福祉士や言語聴覚士の資格が創設された際にも、同様の規定が 設けられており、いずれも試験科目についての講習を合計 60 時間程度実施 した。

○ 講習会の課程については、以下のとおりとしてはどうか。

講習の科目については、公認心理師の場合、試験科目を定めていな いため、大学及び大学院において学修する公認心理師となるために 必要な科目(法第7条第1号及び第2号の省令で定める科目)の内 容を参考にする

講習の時間数については、現に行っている業務に著しく支障を来さ ないよう配慮しつつも、必要な内容が網羅できるような時間数を確 保する。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000152511.pdfより

ということは,「現任者」とは何なのか???? 

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明日がどうやら国立大学の二次試験(って今はいうのかな?)みたいだ。

そこでふと思い出したのが,私の人生の(主観的には唯一の)やり残しだ。

それは熊本大学に受かることができなかったことだ。

本来は,そこで受かっていれば地元で教員(中学校理科)をやって一生を終えていたはずなのだが,その後,当時まったく予想していなかった人生になってしまっている。

もちろん,後悔しているわけではないのだが(世の中どうにもならないことがあるという感覚を学べた),あの目標に向かう感覚とか,掲示板に番号があったりしたときの嬉しさ(これは予想だけど)を,もう一度味わってみたいという想いはある。

老後に熊本大学に再挑戦しようと企んでいるのは内緒(って書いているけど)だ。

ただそのときもセンター試験が継続していれば良いのだが・・・。

2020年に変わるとかいう話もあり・・・。

それだと何だかリベンジにならないんだよなぁ・・・。

追伸
東大の院に受かったから別に良いではないかということも言われたのだが,どう考えても熊本大学(学部)の方が遥かに難しい。これは院を受験したことがある人なら信じてもらえると思うのだが。科目の数と質が全然違うのだ。

何ヶ月ぶりだろうか。

スーパーAlps豊田店にレモンケーキが売ってあった。

何だかそろそろかな毎週そのコーナーを見ていたので何だか嬉しい。

個人的にレモンケーキは大大大好きなので,これからの日々が充実したものになるであろう。

入学手続きは基本郵送なのですが持参も可ということで,
新宿でプラモデルの用具を買うついでに少し足を伸ばして
持参してこようかと(新宿→本郷三丁目は電車で15分)。

口述試験以来ですが,学食も食べてこないとですね。

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