当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは熊本の実家で猫を32匹飼っていたことがあり懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。*記事と関係のないコメントもご遠慮なく。

修士1年 1日
修士2年 2日

博士1年 3日
博士2年 ?日
博士3年 ?日


とまあ、大学院に入ってからというもの、こんな感じなので、フルに働いていたころに比べて、当然ながら収入が減っている。

がしかし、年々回復傾向にある(笑)。

土・日・月が休みということで、その3日で何とか「研究」を進めている感じだ。

3日働くと、貯金を切り崩す必要はなく、生活費、学費ともに支払い可能な十分な収入となる(が、貯金は無理である)。

ようやく帰還したという感じだが、金と時間が反比例状態にあるため、その代わり、時間が圧縮される。

ただ良かったのは、時間に余裕がある修士1年の段階で、ある程度、着想ができたというところだろうか。

これが着想ができてなかったら、時間のなさにプレッシャーが大きくかかってくる状態になっていただろう。

そこは「運が良かった」としか言いようがない。

【YouTubeに動画をアップしました】幡ヶ谷駅から西進塾までの道順


西進塾へは小田急線の代々木上原駅からか何かの道順しかホームページには載っていないが、実は京王線の幡ヶ谷駅から歩いて行くルートもある(だいたい10分くらいだったような)。

幡ヶ谷駅の南口を出て左に曲がり、そのまままっすぐ行くと西原通りの商店街に出るのだが、そこを抜けたところからの道順が判りにくいと思ったので、そこから動画を録ってみたしだいだ。

幡ヶ谷駅から行く場合の参考になればと。

感じである。

これまでは、欲張り計画のため、結局、ゼロヒャクみたいな感じになってしまっていた。

が、何年か前に極小に留めるパターンに変更したため、余裕が感じられる状態である。

公務的なものもこなす時間も設定しているため「雑用」に手間取ることもない。

なかなか良いと思われるが、ことはそう簡単にはいかないものだろうから、なるべく臨機応変に対応していきたいものである。

10年以上使っていたペンシルが壊れたので、新しいペンシルを買おうと大学の生協へと足を運んだ。

で、入り口のところにあったコーナーのペンシルを物色していると、そこはどうやら大学関連グッズを売ってあるコーナーだったらしく、そこにある筆記用具に「東京大学」の文字が書かれていた。

う〜ん、これはちょっと恥ずかしいではないかと、けっきょく、そこのコーナーにあったものは買わず、別のコーナーにあったペンシルを買ってきた。

大学名さえ入っていなければ買いたいペンシルだったのだが・・・。

とにかく新しいペンシルが買えて良かったは良かった。


これを何らかの「作品」を残した者たちは感じる場合が多いようだ。

がしかし、最終的には太陽の寿命が尽きると同時に、地球も太陽の「爆発」に巻き込まれ、そういった「作品」も消えてしまう。

いや、太陽の寿命が尽きるまえに、惑星衝突とか、環境変化とかで、人類自体が消滅し、その「作品」の意味を感じられる生命体が居なくなる可能性もある。

やはり、意味ゼロの地平線は遥か彼方まで広がっているということだろう。

アドラー心理学

フロイト(Freud,S.)と快を分かったアドラー(Adler,A.)は,人間の生を,個人という全体が個人の必要な機能などを使って目的に向かって行動しているとし,個人心理学を提唱した. アドラー心理学では,個人は, 「別々の個人」という意味ではなく,「これ以上分割できない全体として統合された1人の人」ととらえている. こうした立場は, 人間性心理学に近いといえる. 劣等性を補償しようとする働きが個人の「生の様式」形成に重要な役割を果たすとしたことも, アドラー心理学の特徴である. アドラー派心理療法は, 来談者の共同体感覚を育成する目的で, さまざまな技法が用いられる. そのなかで, セラピストは,来談者のライフスタイルを常に意識し, ライフスタイル分析を行う.

『公認心理師必携キーワード』(学研プラス)(p. 216)


かなりいい線行っている解説なのではないか。

より良くなるように(悪くなるように?!)私が添削してみよう(笑)。

フロイト(Freud,S.)と快を分かったアドラー(Adler,A.)は,人間の生を,個人という全体が個人の必要な機能などを使って目的に向かって行動しているとし,個人心理学を提唱した. アドラー心理学では,個人は, 「別々の個人」という意味ではなく,「これ以上分割できない全体として統合された1人の人」ととらえている. こうした立場は, 人間性心理学に近いといえる. 劣等性を補償しようとする所属するという心理的な目的に向かう動きが個人の「生の様式ライフスタイル」形成に重要な役割を果たすとしたことも, アドラー心理学の特徴である. アドラー派心理療法は, 来談者の共同体感覚を育成する目的で, 勇気づけ、ライフスタイル分析など、さまざまな技法が用いられる. そのなかで, セラピストは,来談者のライフスタイルを常に意識し, ライフスタイル分析を行う.

大学院はその分野の研究法の習得とその分野の論文の書き方を習うところ


私も色々な「社会人院生」を見てきたが、「自分はこれをやりたい!」と頑なになっている者がけっこういる。

だったら大学院とか来ないで勝手にやってればという話になるのだが、そこら辺はよくわからないようなのだ。

とはいえ、私も桜美林大学の大学院に入った初期のころは、「何で指導教員とか居るんだ」という感じだったので、かなり痛い院生だったのではないかと思う(笑)。

社会人院生に言えることがあるとすれば、それこそ素直になって、研究法と論文の書き方を習うことだ。

もしかすると、研究法に「やりたいこと」を合わせると、少しズレが生じて納得が行かないと思う場合も多かろう。

そこである、そこを乗り越えられれば、研究法を身につけることができるのだ。

「やりたいこと」は、身につけた後でどうだろうか。

納得いかないだろうが、とりあえず「乗って」みてはどうだろうか

ほんとうは、指導教員は実現可能性の範囲内から、最大限に「やりたいこと」を実現させているはずなのだ。

しかし、今はそれが見えず、「先生が邪魔をしている」と感じて、素直になれないかもしれない。

そう感じるのはやむなしではあるのだが、とにかく「乗って」みれば、研究ができるようになること請け合いである(私ができているかどうかは別の話である)。

もうテーマは何でも良いくらいだ(笑)。

最近、自信家を見ていなかったが、先日、久しぶりに会った。

あれは、やはり認知の歪みが為せる業なのではないか。

あるいは、歪んでいる云々の話ではなく、何やら御本人は確信めいたものを持っているのかもしれない。

ともあれ、何だか久しぶりに見て楽しかったのは間違いない(笑)。

おそらく実名でネットをやっている者たちは「俺は勝っている」という自覚がある者たちが多いのではあるまいか。

私は残念ながら、いつ墜落してもおかしくない状況にあるため「俺は勝っている」どころではない(笑)。

前者はネットから「消える」可能性は小さいが、私の場合は墜落の後、「消える」可能性が常につきまとっている。

まあ、本来ならば、前者同様に「俺は勝っている」となってからデビューすれば、「消える」こともないのだろうけど。

はもうないと思われます(笑)。

特に心理系で買うものはこれ以上ないことと、

別に「ありがとうございましたメール」をくれとは言わないのだが、
あまりに無連絡が多く「もう懲りた」というのが正直なところである。

もしかすると、ちゃんと試験を受けることが確定した大学院生以上とか限定すると良いのかも知れないのだが。

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