ご訪問ありがとうございます。タイトルは熊本の実家で猫を32匹飼っていたことがあり,よく猫と昼寝をしていたので情景という感じで,これにしました。内容はいわゆる徒然系です。SNS等には連携していないスタンドアロン型となっています。記事の内容に関係のないコメントもご遠慮なく。twitter,facebookのフォローもお気軽に(基本フォローし返しいたします)。

があるかもしれない(教育学研究科として同じところなので)。

というのも,ポスドクで,ここの研究室に籍を置いているみたいだからだ。

中退届けを出しに行った日,最後に研究室に行ったのだが,そこに一人だけいたのがこの先輩だったのだ。

まあ,在アメリカとあるので,帰国後またどこかの研究室に移ってしまった場合は再会できないのだが。

しかし,一方は博士号まで取得し,一方は修士号取れず中退し,再び修士課程から再開という何とも格差感溢れる展開になっているのだが(^_^;)。

これは言うは易く行うは難しってやつだ。

「めんどくさい」が曲者で,それを意志の力(最近は,システム構築ともいうのかもしれないが)で乗り越えた先にある状態なのではないだろうか。

また「当たり前」を感じ取る感性も必要かもしれない。

が終わった。

サクサクできる作業なのだが,4日くらい経ってからの取り掛かりだった。

まあ,合格発表後,しばし休憩していたのかもとは思うのだが,真偽の程は定かではない。

コーチング・マジック
平本 相武
PHP研究所
2005-02-22

を中古で発注した。

株式会社チームフローの代表である平本先生の本だ。

訳あって読み返そうと思ったところ,人に貸したままで数年却ってきていないことを思い出し,マーケットプレイスでお安いお値段だったので,買ってしまうことにした。

私は平本先生の講座は先生がヒューマン・ギルドを拠点にしていたときに受けたことがあり,何と1対1で食事に連れて行ってもらい色んな話を聴かせていただいたうえに奢っていただいたことがあったりする(電車で途中まで一緒に帰った)。

平本先生と野田先生の話や,アドラースクールの話が面白かった(ただ食事云々のメインの目的は別件だったのだが)。 

しかし,今ではそうもいかないだろうなぁ(^_^;)。

ってか先生は私のことは覚えていないだろう。

またいつか講座を受けてみたいな。

感謝は訓練で感じる力を上げていく


これは大事だ。

不平不満がデフォなのが人間であれば,確かに感謝は訓練が必要だ。

それこそ人間の本性に逆らうことだろうけど。

私もまだまだ修業がなっていないので,まだまだ訓練が必要なところだ。

私は最近このことの気づいた。

不安の原因もまた「欲ばり」だ。

逆に言えば,ネガティブな感じになっているときは,何に欲を出しているのかを点検する必要あるということだろう。

まあ,究極は「死にたくない」につながっているとは思うが,そもそも生まれる前はゼロだったわけで,あとは「オマケ」みたいなものだと思えば何とか・・・。

とは,まだ完全には思いにくいなぁ。

孤独死も後の特殊清掃で迷惑をかけることになるしで,そこが難しいところだ。

ただ以前よりは欲ばりが減ってきたようにも思うので,それはそれで良いことなのかも。

良いとこどりはなく,どの選択肢にもマイナスはつきまとうからなぁ。

レモンケーキの常備を希望

image
これは,たま〜にしかスーパーアルプスには出てこないんですよねぇ・・・。

レモンケーキはたまにしか買わないから売れる感じなんでしょうか。

みたらし団子みたいに常備レベルになって欲しいところです。

早いものだ。

まあ,9月は受験期でもあったので,なおさらそう感じるのかもしれないのだが。

しかし,未だに10月からのノルマ設定ができていない・・・。

欲張らない計画が長続きする感じなので,そうしたいのだが・・・。


ようやく読みました。

読み終わった今は何とも感慨深いです・・・。

私がジャンプを読み始めた頃も連載しており,実家には100巻くらいまではあるような気がします。

コミックは気分で色々と何回も読んでいましたね。

上京してからはまったく読まなくなっていました。

200巻も,パワー溢れる展開や,ちょっと(・∀・)イイ!!話,部長の怒りオチなど,当初と変わっておらず,持ち味が十分に出ていたと思います。

最近,読んでいなかったにも関わらず,終わってしまうと何だかとても寂しいですね・・・。

逆に言えば,まだ読んでいない巻がたくさんあるわけですから買って読みたい気分があります。

本当に想い出深い良い作品だったと思います。

秋本先生,お疲れ様でしたm(__)m。

そもそも能力も外見も偶然であり成功できる分野に進出したのもまた偶然,あらゆる偶然が重なっているのだが,成功者は「普通の私でもできたのだからできないはずはない」と宣う。

世にいう成功者は,どうもこの偶然を感じる感性が欠落しているような気がするのは,私の妬みなのだろうか。 

生きるために大切なこと
アルフレッド・アドラー
方丈社
2016-09-23

はよくよく見てみると,
The Science of Living
Alfred Adler
Martino Fine Books
2011-01-10





の文字が見える。

ということは,
個人心理学講義―生きることの科学 (アドラー・セレクション)
アルフレッド アドラー
アルテ
2012-05

 という訳は出ているものの,新訳という感じなのだろうか。

偏見かもしれないが,女性の訳は読みやすいものが多いので,ちょっと買って読んでみようかな。

食べてみればわかる


やってみると,結果が「失敗」であれ「ムダ」であれ,それがフィードバックになる。

その選択肢が「違う」と判るというのもまた結果,そうそれは「考えている」だけでは判らない・・・。

私がこの辺に気づいたのは,つい最近だからなぁ。

というよりも,仕事とかで,考える前に,やる必要が出て来ることが多く,それを体験していたら体感的にわかったという方が正確ではあるのだが。

と本日は向かうことになっている。

知人がパソコンを買うということで,その付き合いだ。

う〜ん,私は別にパソコンに詳しいわけではないのだが・・・。

合格祝いとして,昼食を奢ってくれるらしいが・・・。

怖いと感じたことをやってみる


1.不安は感じないけど,退屈な人生

2.不安は感じるけど,刺激的な人生

の2択か・・・。

私は2を選択してきた結果,貧乏そのものに・・・。

また1を選択したものは多いがでは不幸かというと,そうでもない感じだ。

となると,やはり,向き不向きということになるのではないか。

ただ,個人的には怖いと感じたことはなるべくやってきたようには思う。

その結果が現状なのだが,これは果たして良かったといえるのかどうかは,まだ判らないというところか。

この方もいらっしゃるようだなぁ。

ご本人と思しき人物は何となく見当がついているので,会場で話しかけてみようかな。

あ,そうそう私もポスター発表で参加する予定である(1年ぶり5回目)。

1日(土) 発達障がいの特性の理解とその対応

2日(日) アドラー心理学オープンカウンセリング

16日(日) 東京都SC地域会

22日(土) 臨床・教育アドラー心理学研究会


という感じだろうか。

ちなみに,11月,12月は何の予定もないという・・・。

後期の日々のノルマをまだ決めていないので,そろそろ決めないといけない。

私はどうも1日何時間というノルマより1日何頁みたいなノルマの方が合っているようだ。

さて何をどう設定するのか,今日,その辺りを考えてみよう。

らしい。

退勤時間帯が暗くなってきたので,季節も変わっていっている感じなのだろう。

10月〜2月は何だかしんみりするので,しばしその感覚を味わうことになると思われる。

今日は1つの論文の校正をし,できればもう1つの論文の修正もやってみたいところだ。

今週末には修正を終わらせて再投稿できればなと。

私の学生時代は,前半はパソコンがちらほら普及し始め,またポケベル,PHS,そしてケータイが,これまたチラホラ普及し始め,後半にネットで個人の手作りHPが微妙に運営され始めた頃だった。

メールの普及が完全ではなかったので,まだ電話が何とか実用性を保っていた時代だった。

で,1回目の院生時代は,メールは完全に普及しており,メールでのやり取りは普通になってはいた。

2回目の院生時代は,これにブログやTwitterも普及していて,私は匿名でやっていたが,一部「バレ」が生じて,ごまかしがきいたかどうかは謎ではあった。

そして,今度は3回目の院生時代となるわけだが,ここはLINEがポイントになってくるのではないか。

ここまでの学生時代にはなかったツールがLINEなのだ。

これで,どう学生生活が影響を受けているのかも,ちょっと楽しみだったりもする。

自信の持ち方!?


自信・・・。

なるほど,自信が持てれば対人関係の色々は「問題ではなくなる」可能性は確かに高い。

また「正しい,間違い」ではなく「違い」として認識できるようにもなるかもしれない。

さらに「違う」相手を説き伏せようとしないで学ぶこともできるかもしれない。

しかし,何ともひっかかるところもある。

うまく言葉にできないのだが(^_^;)。

自信は若かりし頃は欲しいと思っていたが,最近は,それを持つことは不可能であり,持てた場合は「幻覚・妄想」の類なのではないかとまで思っている(一度,幻覚・妄想系の薬が効くかどうか実験してみたいところだ)。

最近の私は自信はどうも不可能っぽいので,死ぬときの納得感を最大にしたいと願っている。

1つは採択された論文の校正,もう1つは紀要論文の修正をする必要が出てきた。

しかし,最近は紀要も査読があるんですね。

紀要は査読がなく「素材」がそのまま載るのが魅力だと思うのだが,紀要を「査読付き論文」と粉飾するために形式的に設けてあるような気もする。

何だか長所が消えてしまったような気がするのは私だけだろうか。

あ,別に私の論文の質は特に何がどうというわけではないので,どちらでも良いとは思うのだが。

がとても高い。

まあ,移行措置中は5年は猶予を与えてもらえるような気もするので,必ずしもその年に受かる必要はないのだが,問題は雇用だ。

その次の年から雇用条件に「公認心理師」が記載されてくる可能性があり,私がその年をスルーしたとしても(まあ,受けるとは思うのだが),その事態はあり得る。

現任者講習を受ける云々もあり,なかなかややこしい事態になりそうだ。

ある人から「東大にも受かるのに何で英語が話せないのか」という話が出た。

う〜ん,私の英語は読み専門みたいなところがあるからなぁ。

そもそも相手の英語が聴き取れないしなぁ。

話す順のときも,ぜんぜん,英文が頭に浮かばないというか,浮かんでも意味不明というか。

なので,半年聴く話す系の英語をやってみようかと思ったが,これどうすれば上達するのやら。

全ての勤務校が再開し,日常が戻ってきた感じだ。

受験も終わったしで,あとはしんみりモードで年末へと展開していくことだろう。

再び活性化(!?)するのは3月末くらいではあるまいか。

とにかく好きな本が静かに読めるのが(・∀・)イイ!!ですね。

これは痛いところだ。

私は死ぬまでその展開が予想がつく人生,毎日同じことの繰り返しの人生が殊の外苦手である。

つまりその状態はもう生きているとは言わない状態で,既に死んでいるも同然と想えてならないのだ。

まあ,そうしないと不安定極まりない人生になってしまうわけだが,二者択一のような気もして,オイシイトコ取りはなかなかかなわない話なのかもしれない。


富田先生が私塾をやっていたのか。

別の私塾がなくなったので,もうないのかなと思っていたが・・・。

富田先生は直接お会いしたことはないが,代々木ゼミナールのサテラインで英語を教えていただいた先生だ。

どんな講座があるのか,ちょっと見てみましょう。

である。

大学の講義は,必ず15回やることになっているようで(補助金の関係とアカウンタビリティ!?) ,日程が詰まっていると,祝日でも勤務となるらしい。

今日はオリエンテーションなので,授業の内容やルールの説明をささっとやって終わりという感じだ。

年に1回だけやる6月にやった授業評価アンケート(これも補助金の関係とアカウンタビリティ!?)の結果ももらえるようなので,それも楽しみ(!?)である。

とはいえ,授業はどの形式にしても全員を満足させることは不可能なので,自由記述欄に「批判」が書いてありダメージを受ける可能性はゼロではないのだが。

さて今期は何人くらい受講するのだろうか。

受験勉強期はそれ用の対策のため読む本が限定されてしまう。

もちろん同じ本を何十回と読み返すことになり,1回読んで終わりみたいな読み方とは違い,効用が高いのは間違いないとは想う。

ただ,たまには違う本も読みたくなるのも実情としてあったりもする。

こうやって読んでみたい本を読んでいける季節となったのは,実に良い時間である。

あ,そういえば読書の秋ってのもあったっけ。

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