当ブログは2005年6月2日に開設しました。タイトルは実家で猫を32匹飼っていたことがあり懐かしい光景が思い浮かんだのでつけた感じです。実名でやっています。*記事と関係がないコメントや質問も大歓迎です。

公認心理師試験の結果発表を控え「ブログも潮時だな」と考え始めている。

ブログだけではなく,ツイッターとかも同じだ。

長らく不人気ブログであった当ブログも,公認心理師試験の追い風を受けて,1万アクセスを1週間連続で超えるみたいなことも記録し,今もまだ500アクセスは超える日々が続いている。

私はよく目標が高いとか言われることがあるのだが,そんなことはなく,もう数字的に満足が行く結果は残せたかなとも思っている。

それはツイッターのフォロワー数もまたそうだ。

公認心理師の発表は今月末の30日ということで,時代の変わり目にも立ち会えた感もあり,今後は,ネットから「引退」するか,ブログやツイッターを名前を匿名にし,どこかでいつものように不人気ブロガー,不人気ツイッタラーとしてやっていこうかなとも考えている。

もう拡大ではなく縮小のフェーズに入ったのだろうな。

センター試験準備はいつからやるのか。


う〜む,こういうのを見ていると昔のエネルギーが蘇ってくる。

当時は不覚にも4浪してしまったが,今の私なら「今度こそ」という想いがある。

やはり,私の人生最期のチャレンジは,センター試験になりそうだ。

公認心理師試験の結果発表があと約2週間後となってきた。

その一方で,公認心理師養成カリキュラムを擁する大学では3年進級時に10名程度に公認心理師候補(正確には実習に行ける候補のことだろう)を絞るようなのだ。

これは例えば大学の成績が悪いことこの上ない私とかであれば実に厳しい状況となる。

時代が時代だったら,英文科卒の私は編入を使っても,その10名に入れなかっただろう。

そして,公認心理師を取り,心理職になる道も途絶えていただろう。

こういうのもまた「時代運」なんだろうなぁと思う。

中学理科の教員,大学心理学の教員を才能なきために挫折してしまった私としてはいろいろ想像すると何ともしんみりする「悲劇」がいろいろ起こりそうであはる。

しかし,諦めることで開ける道もあり,それはそれで「神様のお導き」なのだろうけど。

3月9日(土)に開催する桜美林大学臨床心理センタ主催公開講座をご案内します。

講師に岡島 義先生( 東京家政大学人文学部 心理カウンセリング学科 准教授 )をお招きし、
「あなたは睡眠を 削る派? 護る派?」というテーマで、
睡眠科学によって明らかにされてきた、睡眠の秘密と対策方法についてご紹介いただきます。
詳細につきましては、添付資料をご確認ください。

広く一般の方や睡眠で困っている方とその支援者に是非聴いていただきたい内容ですが、
それだけでなく、とても面白く分かりやすい講義をなさる先生との評判を伺っていますので、
専門家として講義・研修・心理教育の実践モデルとしても学ぶところが多々あると思います。
そうした学びの機会としてもご参加を検討いただけたらと思います

無料で、 一般・専門家を問わずどなたでもいらしていだくことができます
皆様の周囲の方々にも是非ご紹介いただけますようよろしくお願いいたします。

皆様のご参加・お申込みを心よりお待ちしております。
(当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただけると運営するうえで助かります。)



【日時】2019年3月9日(土)14:00〜16:00(受付 13:45開始)
【場所】桜美林大学町田キャンパス 明々館9F A910教室
【講師】 岡島義先生( 東京家政大学 人文学部 心理カウンセリング学科 准教授
【参加費】無料
【申し込み・問い合わせ】桜美林大学臨床心理センター


これは間に合いそうもないなぁ。

私は目下,2枚目の8個目なんだよなぁ。

てか,カードくれたのは,新宿ふぁんてんだけだったような。

何か違いがあるのだろうか。

というのが悲しいかな現実である。

近いところでは,公認心理師が例だろうか。

「あんなものはくだらん」と言い募っても,持っている奴には「勝て」ず,「妬み」と取られて終わりである。

「あんなものはくだらん」と言えるには,実際にそれを持っている必要があるという,ある意味,パラドキシカルな状態になる。

私も「あんなものはくだらん」と内心で思っていても,「立場上」をそれを言うと「負け惜しみ」になるので,「だんまり」を決め込むしだいである。

いつのまにか11月も半ばを迎えようとしています。クリスマスと

年の瀬があっという間にやってきます。

今年の総まとめにそろそろとりかからねばならない時期ですね。

ともにがんばりましょう!


さて、今月の研究会では、アドラーの主要な後継者のひとりである

ドライカーズが提唱し、重要な概念として定着している「不適切な

行動の4つの目標」をとりあげ、その構成概念(定義、妥当性、

適用範囲、介入法)について文献をもとにあらためて検討を加え、

アドラー心理学にもとづくより有用な実践につなげていきたいと考えて

います。

久しぶりに参加してみようと思っているあなた、初めて参加してみよう


 という方々など、お誘い合わせのうえ、にぎにぎしいご来駕を心より
 お待ち申しあげております。

 
                       2018.11.12

                     ―記―

 ■日時:11月20日(火)18:30〜21:00

 ■場所:初台センタービル2F・会議室京王線「初台」駅下車2分)
 
「心理支援ネットワーク心PLUS」オフィスの入っているビルの
2F会議室です。 アクセスは,下記サイトをご参照ください。
http://www.kokoro-plus.or.jp/aboutus.html
 https://www.facebook.com/kokoroplus/?fref=nf

 ※センタービルの正面玄関入り口は,18:00に閉まりますので,
 正面入り口から,右手の「三菱UFJ」の脇を進むと,駐車場
 入り口の右隣に,通用入り口があります。そこから,1Fフロア
 に入り,正面入り口の左手奥にエレベーターがあります。
エレベーターで2Fに昇ってください。

※なお、「心理支援ネットワーク心PLUS」のオフィスは、 506号室にあります。

■研究会概要:
 
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◆タイトル:「不適切な行動の4つの目標」概念の再検討

◆話題提供:◯◯(◯◯大学)


◆内容

アドラーの後継者であるドライカースが考案した「不適切な行動の

4つの目標」は、「注目」「権力闘争」「復讐」「無力の誇示」の

類型を用いて、目的論的に子どもの行動の意味を理解しようとする。

特に親教育で用いられることが多く、アドラー心理学の実践における

重要な概念である。


とはいえ、当然の前提として長くアドレリアンに受け入れられてきた

「不適切な行動の4つの目標」であるが、心理学的な構成概念として

見ると、その定義、妥当性、適用範囲、介入法など、多くの側面で

まだ検討すべき課題が残っているように思われる。


そこで今回は2つの文献を通して「不適切な行動の4つの目標」概念を

学び直すとともに、ディスカッションによって幅広い視点から捉え直したい。

育児、教育、臨床実践への適用とともに、アドラー心理学の基礎研究を刺激

できればと考えている。

 ・文献1

深沢孝之(2014)不適切な行動の目的.;鈴木義也・八巻秀・深沢孝之

 アドラー臨床心理学入門.135-144.アルテ.

・文献2

Thor M. Johansen (2005) The Four Goals of Misbehavior: Clarification of

 Concepts and Suggestions for Future Research.; Slavik,S. & Carlson,J. (eds.)

 2005 Readings in the Theory of Individual Psychology. 231-242. Routledge.

(◯◯ 訳)不適切な行動の4つの目標:概念の明確化とリサーチの方向性



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★資料は、当日配布します。

※アドラー心理学、コミュニティ心理学に関心と経験のある
方はもちろん、初心者の方もともに語り合いましょう!
※参加費(資料代など):一律 500円


□■□ 12月以降の開催予告 □■□

 当研究会の12月以降の開催予定日程の一覧を再掲いたします。


あらかじめスケジュールに組み込んでいただけると幸いです。


             ↓ ↓


12月18日(火) /2019年1月22日(火)/2月19日(火)/3月(未定)



※いずれも「火曜日:18:30〜21:00」


※※会場は「初台センタービル・会議室」
※※※各回の「テーマ」および「話題提供者」は、できる限り
事前に設定し、皆さまにお知らせする予定です。また、皆さま
 からの話題提供を随時募っておりますので、積極的なコミット

メントをいただけるとうれしいです。

なかなかおもしろい提言がありますね。

個人的には別に今のように「草の根」「知る人ぞ知る」くらいで良いのではないかと思っている。

下手に現代に「適応」してしまうと「長持ち」しないような気もするからだ(考えてみるとすでに精神分析と互角の長持ち具合だ)。

「認知」や「感情」の「せい」にしないアドラー派の発想は,「認知」や「感情」の「せい」にしがちな臨床界隈にはなかなか受け入れられないだろう(難しい感じがする専門用語もないしで)。

ただ科学が発展してくれば,「認知」も「感情」も(意識も無意識も)「目的」(生物レベルー社会レベルー心理レベルの各目的)に沿って協働しているのは判明してくると思うんだけどなぁ。

しばし「待ち」なのではないか(笑)。

DSMも「原因論」を捨てるとこまで来ているし,認知行動療法も行動の「機能」を考えるところまで来ているしで。

今週はスケジュールが詰まっていて実に大変な週であった。

とりあえず一段落したので,ようやく修士論文が再開できる状態となった。

現在は,勤務に加え

・修士論文の作成

(・’  論文の読み書き用に英語のお勉強)

というのを課題とする生活である。

社会人+学生といういわゆる社会人学生みたいな身分なので,疲れるときは疲れる。

しかし,では,「+学生」がなくなったとするとどうかというと「=退屈」となるため,疲れるが「+学生」をやることになるという感じだ。

こうやって書いてみると,どうやら

退屈 > 疲れる

というような苦痛不等式のようだ(笑)。

私は今の大学院とかがそんな感じなんだよなぁ。

老後の趣味というか何というか。

おそらく極めることもできないまま人生を終えてしまうのだろうが,まあ,やってみたいことだったし楽しいから良いかなと。

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