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とのことだ。

大学の職域接種(?!)ではモデルナが使われることが多いのかなぁ。

東京大学はモデルナ製だったので、とりあえずは難を逃れられた(笑)。

個人的に不思議なのは、なぜ異物混入がバレたのかということだ。

状況からして「闇に葬る」のがお約束なのにだ。

良心の呵責に苛まれた者の内部(からのマスコミ)リークか何かだったんだろうなぁ。

この事態は打った者たちには「否認」の防衛機制が働いて、どうもないと思うが(笑)、「反ワクチン派」は小躍りして喜ぶ事態となるだろう。

先日、ワクチン接種を迷っているという動画を出したところ、

「ワクチンは自分のためではなく他人のために打つんだ」

「世間を知ればもっと良い心理師になれるよ」

とかのご意見をいただいた。

どうもワクチンについては、政治や宗教のようにヒトの何かを刺激する何かがあるようである。

個人的にやることは、

1.他のウイルスとの比較

よく行われているのはインフルエンザとの比較なのだが、どうもテレビだけ視ている人はこの「比較」という概念が抜けているようだ。

2.プラセボとの比較

ワクチン接種とプラセボ(偽薬)との比較試験のファイザー社発表の論文(95%効果論文)も出てたりするのだが、その論文自体を読んでいないようである。やはり、こちらも「比較」という概念が抜けているようだ。

個人的に1と2を検証してみたのだが、どうもコロナは弱性でワクチンの効果はない上に将来のリスクが未知数ということだ。

ちなみに、

3.メッセンジャーRNA

についてもいろいろと調べてみたのだが、mRNAでヒトの細胞からコロナのスパイクを作り出すとあった。免疫がそれと戦うことで抗体が作られるようだ。ただ、素人判断なのだが、コロナを弱毒化するような従来型のワクチンなら、コロナを抗体で殲滅させることはできると思うのだが、ヒトの細胞から出来上がったダミーは殲滅させることができないのではないか。となれば、免疫は永遠にダミーと戦い続ける可能性があるように思うのだが・・・。

まあ、この3点を調べてみたのだが、どうも普通はここまで調べず、テレビの言うがままのようだ(^_^;)。

テレビは視聴率を取るために、それに貢献しない意見は除外されるし、まともな専門家は出演を拒否している(出てきているのはテレビの意向を代弁できる者たち)だろうしで、かなり偏っているというのは、知る人は知っているのだが、知らない人はまったく知らない。

このような書き方をすると、そんな人たちからは「偏屈な人」「めんどくさい人」「何でも反対する人」とみなされてしまうという有様である。

また、「そんなんでビビってんじゃねーよ!」、「周りに迷惑だろーがよー!」と思われるであろうことも解る(笑)。

もちろん、ワクチンは長期的にも何の影響もないという可能性が一方ではある。

この辺は「賭け」なのかもしれない。

追記
ちなみに、行動生態学的には、ウイルスは外的環境に相当するので、ウイルスで死ぬ個体はそれはそれで仕方なく、ウイルスでも死なない個体の遺伝子が複製されていき、最後はウイルスでも死なない遺伝子を持つ個体が増えていくので、自然とウイルスを克服していくのである(笑)。

さらに追記
個人的にはコロナで死んでも構わないが、ワクチンで死ぬのは勘弁である。

さらなる追記
今回の件の厄介なところは「ワクチン打たないで他人にウイルスを撒き散らすのは倫理的にどうか」問題である。

これも思うのだが、ワクチン打っても打った人自身も感染はするらしいので、微妙なのではないか。

どのくらい撒き散らすのかのデータはどこにあるのかを探せるかどうかであるが、おそらくデータで押しても「コロナ怖い」には勝てないだろう。

やれやれである。

最後に一言

薬害エイズってあったよね?!



というわけで、MOSSさんのイベントにお邪魔することになった。

MOSSさんといえば、最近は、過去問アプリが盛況のようである。

見たところ、心理系で色々とやっていく気配がある。

今のうちに関わっておくと後々「あのとき関わっていたことがある」と自慢できるかもしれない。

とにかく30分ほど話すことになっているが、お時間がある方はいかがだろうか。

アドラー臨床発達心理学入門
深沢孝之
アルテ
2021-07-21

が出たみたいである。

深沢さん初の本格的単著になるのではあるまいか。

アドラーには発達論がないとされている。

また、昨今話題のADHD,ASD,SLDなどはアドラー的には「劣等コンプレックス」でひとくくりになるはずである(アドラー的にはDSM自体が劣等コンプレックス辞典となる)。

となると、一体、それらをどう論じていくのか。

これは買って読んで感想をYouTubeにアップしなければ。

現在、ネットへの書き込み(ブログ、ツイッター、ユーチューブなど)を自分自身に禁じて早(?!)一ヶ月くらいが経過した。

当然、これもネットへの書き込みに相当するので、禁を破ったことになる(笑)。

がしかし、ブログ開設日というのは、私のネット参戦の開始日でもあるので、やはり、書いておこうかなと。

毎年書いているような気がするが、ブログを開設した当初(2005年)は、まだホームページの掲示板が残っていた時代で、ブログが流行り始めたような時期だった。

私は元々、桜美林大学大学院時代の同期生がやっていたホームページの掲示板に書き込みをしていたのだが、ブログ隆盛の兆しを鑑みというか何と言うか、要するに面白そうだからブログを始めた感じである。

まあ、それはブログ以降のツイッターにしろフェイスブックにしろユーチューブにしろ、みんなその「面白そうだから」で始めたのは共通している。

ただ、冒頭にも書いたが、SNS系の発信を禁じた結果、それはそれで生活が成り立っていくものなのだなと。

16年間、意識的に抑制しない限りは常に「発信」し続けてきたので、その辺の感覚がマヒしていたのかもしれない。

まだしばらくは(投稿論文の投稿ができていないため)禁を続ける所存である。

なので、投稿できない限り、永遠に私がネットでの発信はしないことになる。

もしかすると、この投稿が「最期」になるやもしれないのだ。

しかし、ネットへの書き込みをしないならしないで、一部のファン(?!)から、生存確認をされてしまう始末である。

私は元気である。

ただ論文が投稿できていないだけなのだ(大学院生としては「ただ」どころではないのだが)。

SNSをやろうと思えば、これまで通りやることはぜんぜん余裕なのである。

ただ、体裁の問題なのだ(^_^;)。

ネット参戦16周年が、ネット休止中とは何とも皮肉なお話になっていた。

ではまた会える日まで。




またもや(というか三度目)ミヤガワRADIOに出演することになった。

とはいえ、今回は神戸先生のオマケなのでメインではない(笑)。

学校メンタルヘルスのJステージ化が進み、ようやく私の心理学デビュー論文がダウンロードできるようになった。

問い合わせが最も多い尺度なので、これからは
を紹介すればダウンロードができることになる。

やはり論文というのはサイニイに出ていないと存在しないも同然なところがあるので、これで少しは認知度が高まってくれるかなと。

しかし、本来この尺度がアクセプトされてそれで十分だったのだが、ついつい博士号を取ろうと企み、続編を書いてしまったのが、申し訳ない限りである。

せめて博論で完結できればまた良かったのかもしれないが、それも残念ながら指導教員が見当たらず博士課程に行くことができなかったため叶わなかった。

というわけで、私の心理学の一連の論文は黒歴史として全て取り下げて、なかったことにしようかとも考えている。

また、そうすれば、同じ研究をすれば、その人の「業績」になるわけだから、私の「業績」にしておくより、良いのではないかと。

YouTubeをやったことで、なぜかコメントすると嬉しがられる機会が多くなってきた。

イベントがあると、サインを求められたり、一緒に写真を撮ったりと、まるで有名人である(笑)。

私も悪い気がするわけではないく、嬉しいのだが、YouTubeというのは、撮影時はカメラとなっているスマホの前で独り言を言っているだけなので、正直そこまで喜んでもらえるレベルになっているとは実感しにくい。

本も書いているのだが、まったくそういう反応は生じない。

やはり拡散度合いが桁違いのようだ。

このブログも早15年であるが、たった2年のYouTubeで得られる反応は全く得られなかった。

媒体次第でこうも変わるものなのかなと。

いやはやである。

日本臨床心理士資格認定協会

 

お世話になっております。

臨床心理士(登録番号:14971)の橋口誠志郎と申します。

 

20213月末日が3回目の更新期限となっております。

 

しかしながら、一身上の都合により更新をしないことにしました。

 

よろしくお願い申し上げます。

 

橋口 誠志郎

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